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タグ:FIELD COMMANDER NAPOLEON ( 17 ) タグの人気記事

DVG『FIELD COMMANDER NAPOLEON』1806年戦役④

 DVGのソロプレイ用SLG『FIELD COMMANDER NAPOLEON』1806年戦役の続きである。残りは1807年『2月』『6月』『7月』の3ターン。1807年2月ターンにFriedlandを攻略できれば史実以上(30VP)、同年6月ターンなら史実通り(20VP)、同年7月ならば史実以下(10VP)を獲得。それでも達成出来なければ敗北(0VP)となる。

1807年2月
 ナポレオンはWarsawより退却したロシア軍を追撃するため、Lannes他5部隊28戦力をPultuskへ進軍させる。これと同時に自らは7部隊43戦力を率いてThornへ進軍。Danzigへ向け行軍中のロシア軍を攻撃した。Pultuskのロシア軍4部隊9戦力は3倍のフランス軍に捕捉され壊滅。一方のThornではロシア軍4部隊15戦力に対し、フランス軍の戦力はギリギリ3倍に達せず戦闘となった。

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↑↑↑Thornの戦い。戦場の霧判定において、フランス軍の2補給ポイントがロシア軍に奪われてしまうものの、歴戦のフランス軍による猛攻を受けたロシア軍は壊滅した。

 Thornの戦いにおいて勝利を収めたナポレオンは、残った補給ポイントを消費しEylauへ強行軍。最後に残ったロシア軍5部隊15戦力を攻撃した。これに勝利を収めれば、最後の勝利条件目標であるFriedlandへ強行軍を行いこれを攻略し、史実以上の結果を得ることも可能である。

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↑↑↑第2次Eylauの戦い。フランス軍は損害を受けておらず7部隊43戦力。戦闘開始時より既に3倍近い戦力を保持していたフランス軍がこの戦いにも勝利を得る。戦場よりなんとか離脱したロシア軍1部隊2戦力はFriedlandへ退却。残念な事に、戦場の霧判定においてまたしてもフランス軍補給ポイントがロシア軍に奪われてしまい更なる強行軍は不可能となってしまった。

 補給ポイントが尽きてしまったため、フランス軍は行軍を停止しこのターンを終了。Friedlandでは後退したロシア軍部隊に補充がなされるが、強力なフランス軍にはもはや対抗できないだろう。

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↑↑↑1807年2月の状況。補給ポイントが尽きてしまった事により、ナポレオンはこのターン中のFriedland攻略を諦める。

1807年6月
 フランス軍は12部隊71戦力という圧倒的な兵力にてFriedlandへ進軍。Friedlandのロシア軍は守備隊や徴集兵など合わせて13戦力。圧倒的なフランス軍に包囲されたFriedlandのロシア軍は降伏した。これにより、フランス軍がマップ上のすべての都市を占領したため1806年戦役シナリオは終了。1807年6月に終了したため、史実通りの結果となり『20』VPを獲得した。

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↑↑↑1806年戦役におけるナポレオン・ボナパルトの軌跡。予想通り、これまでプレイした他のシナリオ以上に強行軍による迅速な部隊機動が重要だった。

 1796年戦役シナリオからの獲得VPは、累計『104』となった。次の1807年戦役はいわゆる「半島戦役」スペインである。史実が史実だけに苦戦が予想される。しばらく間を置いた後プレイしてみたいと思う。
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by slgplayer | 2013-08-28 18:30 | SLG | Comments(0)

DVG『FIELD COMMANDER NAPOLEON』1806年戦役③

 DVGのソロプレイ用SLG『FIELD COMMANDER NAPOLEON』1806年戦役の続きである。このゲームでは、同一エリア内に相手の3倍の戦力を揃えれば、そのエリアの戦闘に自動的勝利を収めることが出来る。フランス軍が各戦役で勝利を収めるためには、このルールを最大限に利用しなければならない。

1806年11月
 フランス軍は分散したまま進軍を続ける。Lefebre他2部隊10戦力はEylauへ、Ney他5部隊30戦力はBreslauへ進軍。各エリアに展開する徴収兵の部隊を降伏させた。ナポレオンは自ら5部隊32戦力を率いてDanzigへ進軍。Danzigの守備隊は降伏を拒みフランス軍と戦闘。しかし、フランス軍の圧倒的な戦力の前にDanzigは抵抗虚しく陥落。Danzigを占領したフランス軍は、Kleinの部隊を守備に残し強行軍。Breslauへ進軍しNey他の部隊と合流を果たした。
 これに対しプロシア軍徴収兵2部隊5戦力がEylauへ進軍。Lefebre率いる皇帝親衛隊2部隊10戦力へ戦いを挑んだ。

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↑↑↑ナポレオン不在ながら、フランス軍皇帝親衛隊は目覚しい働きをみせプロシア軍徴収兵を撃破。

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↑↑↑1806年11月の状況。フランス軍は次のターン盤上に到着するロシア軍に備え合流を果たす。

1806年12月
 Pultuskにロシア軍11部隊36戦力、Friedlandにロシア軍5部隊15戦力が到着。更にプロシア軍2部隊9戦力がThornに出現した。対するフランス軍も増援を受け、ナポレオンの下には11部隊66戦力が集結中である。
 先手をとったナポレオンは、全力でWarsawへ進軍。圧倒的なフランス軍に包囲されたWarsaw守備隊は降伏。その後、Eylauから進軍してきた皇帝親衛隊と合流し、Warsawのフランス軍は13部隊76戦力となった。また、このターンの補給ポイントは強行軍に備えすべて蓄積。
 ロシア軍もようやく行動を開始。Friedlandから5部隊15戦力がEylauへ進軍。手薄なDanzigを奪回するつもりと思われる。Pultuskから騎兵を中心とした4部隊15戦力もそれに続いた。Pultuskに残存するロシア軍はプロシア軍と合流の後9部隊30戦力にてWarsawへ進軍、フランス軍と砲火を交えた。

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↑↑↑Warsawの戦い。戦場の霧判定にてフランス軍はScoutを獲得。戦闘ラウンド数は『4』。戦いはDavout、Soult、Lannes、Neyなどほぼベストメンバーで挑んだフランス軍の圧勝に終わった。生き残ったロシア軍4部隊8戦力はPultuskへ退却。

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↑↑↑1806年12月の状況。Warsawを占領し、残る勝利条件目標はFriedlandのみとなった。しかし、Friedlandへ進軍する前に、Danzigへ向かって進軍するロシア軍を撃破しなければならない。

続く・・・。
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by slgplayer | 2013-08-26 22:58 | SLG | Comments(0)

DVG『FIELD COMMANDER NAPOLEON』1806年戦役②

 DVGのソロプレイ用SLG『FIELD COMMANDER NAPOLEON』1806年戦役の続きである。初期配置からJenaにおけるプロシア軍との戦闘は不可避である。ナポレオンは全力でプロシア軍に決戦を挑むか、それとも勝利できるだけの戦力をプロシア軍に充て、残った部隊を勝利条件目標に向かわせるかの選択を迫られる。

1806年9月
 フランス軍各部隊は行動を開始。Lanneの部隊はBambergへ、Neyの部隊はPilsenへ進軍し、フランス軍本隊の側面を援護する。また、Mortier他2部隊10戦力をMagdeburgへ送り、このエリアのプロシア軍1部隊3戦力を包囲した。プロシア軍を包囲・降伏させたフランス軍は、これにより2補給ポイントを得る事に成功した。
 ナポレオンは、Augereauの部隊に後衛を任せると、自身は残った部隊を率いてJenaへ進軍。先行していたフランス軍主力部隊と合流し合計11部隊66戦力にてプロシア軍10部隊39戦力に対し決戦を挑んだ。

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↑↑↑Jenaの戦い。結局、ナポレオンは戦力集中の原則を守り、全力でプロシア軍との決戦に挑んだ。戦闘ラウンドは『3』。戦場の霧判定では、フランス軍が補給ポイントを消費すれば増援を得る事が出来るというものであったが、ナポレオンは補給ポイントを温存し増援をキャンセル。また、ナポレオンは戦闘プランを1つ減少させインサイト「Sweep」を選択。

第1戦闘ラウンド:プロシア軍はフランス軍に対し前進を開始。これに対しフランス軍はSoultの部隊が正面より攻撃を行いこれを拘束。Davoutの部隊が側面より攻撃しプロシア軍に損害を与える。
第2ラウンド:フランス軍のインサイト「Sweep」が成功。戦線後方に進出したフランス軍別働隊により、プロシア軍後方部隊に6Hitのダメージを与える。次に「Prepare」の命令を受けたDavoutの部隊がプロシア軍に対して先制攻撃。しかし、後続が無くプロシア軍の反撃によりDavoutは1ステップの損害を受け後退。プロシア軍戦列に対しSahucの騎兵部隊が突撃を敢行し、これを突破する事に成功。これにより残存戦力がフランス軍の1/3以下となったプロシア軍は遂に潰走状態となる。
第3ラウンド:フランス軍は潰走するプロシア軍を追撃。プロシア軍は壊滅状態となり、僅かにBrunswickの2部隊4戦力がLepzigへ退却していった。

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↑↑↑フランス軍騎兵部隊の突撃が成功し、プロシア軍は遂に潰走状態となった。

 Jenaで勝利を収めたナポレオンは、補給ポイントを全て消費し8部隊49戦力で退却するプロシア軍を追いLepzigへ進軍。3倍を超えるフランス軍に包囲されたLepzigのプロシア軍は降伏した。

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↑↑↑1806年9月の状況。Jenaのプロシア軍は完全に粉砕された。その後、機動兵力を失ったプロシア軍は、各所で新たな兵を集め始める。

1806年10月
 プロシア軍を撃破したナポレオンは、勝利条件目標を達成するために再び軍を分散させる。
 まず、Ney他5部隊30戦力はDresdenへ進軍。Dresdenのプロシア軍は守備兵など合計10戦力。3倍のフランス軍に包囲されたDresdenのプロシア軍は降伏に追い込まれた。
 ナポレオン自身は、Magdeburgから移動してきた2部隊10戦力と合流し、合計5部隊32戦力にてBerlinへ兵を進めた。Berlinのプロシア軍は若干増強されていたため、進軍してきたフランス軍と戦闘になる。しかし、寄せ集めのプロシア軍徴集兵では歴戦のフランス軍に敵うはずも無く、フランス軍の攻撃を受けるとあっさり潰走した。
 勢いに乗るナポレオンは、NeyよりDresden占領の報告を受けると、すぐさまPuragueへの強行軍を命令。Ney他5部隊30戦力は後続到着後Puragueへ強行軍を行う。不意を衝かれたPuragueの守備隊は降伏。
 フランス軍の電撃的な侵攻に対し、プロシア軍は更なる部隊編成を進めると共に、Danzigより徴集兵2部隊6戦力をBerlin奪回に向かわせる。しかし、既にBerlinを占領していたフランス軍は万全の態勢でこれを迎え撃ち、これを撃破。

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↑↑↑1806年10月の状況。フランス軍は初期の目標を達成。プロシアは戦闘開始から僅か2ヶ月で第4次対仏大同盟より脱退する事となった。

続く・・・。
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by slgplayer | 2013-08-24 16:52 | SLG | Comments(0)

DVG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1806年戦役①

 久々のナポレオン物である。約1年1ヶ月ぶりにDVGのソロプレイ用SLG『FIELD COMMANDER NAPOLEON』を再開。これまで1796年戦役から順にプレイし、前回は1805年戦役をプレイした。今回はその続きの1806年戦役シナリオである。これまでのシナリオクリアによる勝利得点は累計84ポイント。1つのシナリオの勝利得点が20ポイントで『史実通り』なので、これまでほぼ史実通りの結果という事になる。

○1806年戦役シナリオ
 1806年のナポレオン戦争について詳しい説明は省くが、このシナリオはAH『戦争と平和』で言う所のシナリオ2『イエナからフリートラント:1806年~1807年』に相当する。よってナポレオンは第4次対仏大同盟と戦う事になる。具体的にはまずプロシア軍、そして1806年末にポーランドに到着するロシア軍である。幸いな事にAH『戦争と平和』とは異なり、状況によってオーストリア軍が敵対し参戦する事は無い。

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↑↑↑1806年戦役シナリオ、初期配置。フランス軍は、ナポレオンが直接率いる7部隊35戦力がWurzburgに、そしてSoultやDavoutといった主力部隊8部隊50戦力がイエナにてプロシア軍と対峙している。そしてNeyの1部隊6戦力がMunichよりフランス軍の側面を警戒中である。プロシア軍はイエナに集結しその戦力は10部隊39戦力。また、Jenaに隣接するMagdeburgに1部隊3戦力が配置されている。

 このシナリオがこれまでプレイしたほかのシナリオ(1796年~1805年戦役)と決定的に異なっていると思われるのは、フランス軍の勝利のための占領目標都市の多さである。
 これまでのシナリオでは占領目標都市が5~6ヶ所であった所がこのシナリオでは8ヶ所(その内Munichのみフランス軍が開始時より支配している)設定されている。またフランス軍のサドンデス敗北条件も設定されており、1806年11月までにドイツ国内の3ヶ所(Munich、Dresden、Berlin)の占領・維持、1806年12月以降はポーランド国内の1ヶ所(Warsaw)の占領・維持が義務付けられている。このため、フランス軍はどうしても分散する事を余儀なくされ、また1806年12月にWarsawを占領するための強行軍が必要となっている。
 幸いにしてシナリオ開始時プロシア軍は既に集結中であるので、まずはこれを最低限の自軍損害で粉砕し、その後分散・強行軍を行い各目標都市を占領。それを維持しつつ集結可能な部隊を集結させ、ロシア軍との決戦に臨むというのが基本的な作戦となる。フランス軍各部隊の迅速な機動が鍵となるシナリオといえる。

続く・・・。
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by slgplayer | 2013-08-22 19:52 | SLG | Comments(0)

DVG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1805年戦役④

 CS放送で何十年ぶりかに「スターウルフ」を観た。映像は現在のレベルから見れば子供だましだが、内容は結構ハードだった。それに主題歌は昔の記憶どおりやはり格好よかった。そういえば、初放送当時番組の最後にやっていた原作本プレゼントに何故か応募して当選した記憶がある。あの時貰った本は今どこへ行ったのだろう?

 DVGのソロプレイ用SLG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1805年戦役の続きである。フランス軍はViennaを占領。残る勝利条件エリアはあとAusterlizのみとなった。シナリオ終了まで残りあと2ターンだが、史実どおりのVPを得るためには1ターンで勝利を得なければならない。

1805年12月上旬
 ナポレオンはPassauから進軍してきたDavoutの部隊と合流。11部隊66戦力で最後の勝利目標であるAusterlitzへ進軍した。ナポレオンと入れ替わるようにViennaにはMassenaの北イタリア方面軍が入城した。
 Austerulitzにはオーストリア軍の残存部隊・守備隊に加え、同盟軍であるロシア軍12部隊62戦力が到着。最終的にロシア・オーストリア連合軍16部隊74戦力にてフランス軍との決戦に及んだ。

 
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↑↑↑Austerlitzの戦い①。戦闘開始を待つ両軍。戦場の霧判定において戦闘ラウンド数は「5」と決定された。これはフランス軍にとって有利と言える。仮に勝敗がつかないまま決定された戦闘ラウンドが終了した場合、戦場に留まる軍がランダムに決定されるため戦況が有利な場合でも退却せざる終えない場合があるからだ。恐らく、フランス軍の戦力からしてよほどの事がない限り戦いには勝利できるハズである。ナポレオンにとって最も避けたいのは戦闘ラウンドの時間切れだ。

第1戦闘ラウンド:戦いは連合軍前衛部隊が前進を開始する形で始まる。フランス軍はMarmontの部隊が側面より迂回攻撃。そこへSoultが正面より攻撃を加えLangeronの歩兵部隊が壊滅。

第2ラウンド:突出したMarmontの部隊に対しBagrationの歩兵が突撃しこれを粉砕。しかし、フランス軍後続部隊の射撃により連合軍の前線は混乱。Neyの部隊が側面より攻撃をかけ、Nansoutyの騎兵部隊が突撃を行い連合軍前衛部隊を一掃した。

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↑↑↑Austerlitzの戦い②。第2戦闘ラウンド終了時の状況。連合軍前衛を一掃したフランス軍。

第3戦闘ラウンド:連合軍は新たにMiloradvich他3部隊に前進を命じる。Neyの部隊はKienmayerの騎兵部隊の突撃を受け蹴散らされるが、入れ替わるようにBernadotteの部隊が前進し反撃。連合軍前衛部隊はまたしても壊滅。

第4戦闘ラウンド:連合軍は更に予備部隊を前衛に投入。フランス軍にも疲労の色が現れてきたのか、BernadotteとNansoutyの部隊が壊滅。

第5戦闘ラウンド:ついに連合軍の予備兵力も尽きる。フランス軍は一気に前進。Soultの部隊が右翼より、Augereauの部隊が左翼より攻撃。連合軍を半包囲状態とする。ナポレオンは皇帝親衛隊に前進を命令。この攻撃により連合軍は潰走状態となる。これによりAusterlitzの戦いはフランス軍の勝利となり終了。

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↑↑↑Austerlitzの戦い③。ナポレオンは勝利をより決定的なものとするべく皇帝親衛隊に前進を命令。連合軍は堪らず潰走。

 Austerlizを占領し、フランス軍は全ての勝利目標エリアを占領。1805年戦役はフランス軍の勝利となり終了した。

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↑↑↑1805年戦役におけるナポレオン・ボナパルトの軌跡。
 
 終了ターンが1805年12月前半だったので、結果は史実通りとなり20VPを獲得した。これにより1796年戦役からの累計VPは「84」となった。

次の1806年戦役はまた気が向いた時にでもプレイしたいと思う。


 
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by slgplayer | 2012-07-19 18:47 | SLG | Comments(0)

DVG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1805年戦役③

関東地方は梅雨明けらしい。これから益々暑くなるなあ。

 DVGのソロプレイ用SLG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1805年戦役の続きである。オーストリア軍はフランス軍によって各個撃破されてしまった。オーストリアには、もはや首都Viennaを守る満足な部隊は残されていない。

1805年11月後半
 ナポレオンは分散し行軍していた部隊を集結させ10部隊53戦力にて行動開始。戦闘における損害回復をせずに蓄積していた補給ポイントを盛大につぎ込み、Viennaへ強行軍を行う。決戦に備えMassenaのイタリア方面軍とも合流したかったのだが、補給ポイントが不足しViennaへ移動を行う事が出来なかった。

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↑↑↑Viennaの戦い。Viennaにはオーストリア軍5部隊22戦力が集結していたが、その半数以上が守備隊などの固定部隊である事に加え残りの部隊も敗残兵と徴集兵の寄せ集め部隊であり、フランス軍が難なく勝利を収めた。

Viennaを占領したフランス軍は補給を受け、ステップロスした部隊を回復させた。

 これに対し、オーストリア軍は付近の徴集兵を集めVienna奪回を目指すものの、フランス軍の敵ではなくオーストリア軍は壊滅。

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↑↑↑1805年11月後半の状況。Viennaを占領したフランス軍。補給不足により、Masennaの北イタリア方面軍はナポレオン率いるフランス軍主力部隊と合流することは出来なかった。

続く・・・。
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by slgplayer | 2012-07-17 18:50 | SLG | Comments(0)

DVG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1805年戦役②

 DVGのソロプレイ用SLG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1805年戦役の続きである。フランス軍は基本的に1ターンの間に1エリアの移動が可能である。強行軍をする場合には1部隊につき1補給ポイントが必要となる。これに対し、連合軍は4部隊ごとにダイス判定にて決定されるのだが、その際連合軍の補給ポイント残量により修正が加わり、補給ポイントが多い程積極的にフランス軍へ接近するよう仕向けられている。フランス軍はそのような連合軍に対し補給ポイント修正を無効にし行動ダイスの振りなおしが出来るScoutマーカーを編成する事が出来る(編成にはもちろん補給ポイントが必要)。

1805年10月後半
 フランス軍には後続部隊およびMassena率いる北イタリア方面軍が増援として到着。同じくオーストリア軍にもカール大公率いるイタリア方面軍がKlagenfurtに到着した。
 増援を得たフランス軍は、Ulmに残存するオーストリア軍の息の根を止めるため行動を開始。まず、ナポレオン自らが6部隊31戦力を率いUlmへ進軍しオーストリア軍に戦いを挑む。そして、Bernadotte率いる4部隊27戦力はオーストリア軍の退路を断つためMunichへ向かわせた。また、Caldieroに到着したMassenaのイタリア方面軍にも援軍を送り6部隊29戦力にて同都市の攻略を命じた。


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↑↑↑Ulmの戦い。Davoutの部隊がオーストリア軍側面より迂回攻撃。オーストリア軍戦列が乱れた所へNansoutyの騎兵部隊が突撃。これによりオーストリア軍は敗走。

 Munichは砲兵により増強されていたが、Ulmでの戦いを早々と終えたナポレオンが単身Munichの戦場へ駆けつけた事もあり、1ステップの損害を受けただけで攻略に成功した。また、Caldieroのオーストリア軍守備隊は戦わずに降伏。
 今やオーストリア軍主力部隊となってしまったイタリア方面のオーストリア軍は、Davidovichの4部隊13戦力がCaldiero奪回のため進軍。残りのBellegardeの3部隊はVienna防衛のため呼び戻された。しかし、オーストリア軍はフランス軍に対して優位な戦力を集中させる事が出来ずMunich、Caldiero各地で敗北。

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↑↑↑1805年10月後半の状況。フランス軍占領都市が5を越えた事により、毎ターン得られる補給ポイントが一気に増加(4→9となった)。

1805年11月前半
 フランス軍は敗走するオーストリア軍を掃討しながらViennaへ向け進軍。オーストリア軍はイタリア方面からViennaへ迫るMassena率いる6部隊29戦力のイタリア方面軍を迎撃するため、Bellegard率いる3部隊17戦力を向かわせる。

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↑↑↑Klagenfurtの戦い。フランス軍はナポレオン不在の戦場では戦闘計画チット(Battle Plan)を1つしか使用できない(オーストリア軍は4つ使用可能)ため不利な戦いを強いられるものの、フランス軍が数の優位を活かし勝利を得る。

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↑↑↑1805年11月前半の状況。正規兵がほとんど除去され残っているのは徴集兵ばかりのオーストリア軍。


続く・・・。
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by slgplayer | 2012-07-15 11:12 | SLG | Comments(0)

DVG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1805年戦役①

 お台場に新しくできた「レゴランド」へ行こうと準備していたが、子供が体調を崩してしまい断念。夏休みに入ると混みそうだな・・・。

 DVGのソロプレイ用SLG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1800年戦役シナリオに引き続き、1805年戦役シナリオをソロプレイ。これまでにプレイした戦役シナリオに比べマップの大きさは同じながら、登場する部隊数が格段に増加している。

〇1805年戦役シナリオ
 第3次対仏大同盟が結成され、オーストリア軍がフランスの同盟国であるバイエルンへ侵攻。イギリス侵攻のためブローニュに集結していたフランス軍はすぐさま行動を開始。当時の常識を超える行軍速度でライン方面への集結を終えた。ナポレオンがフランス皇帝に即位し直接軍の指揮を執る初めての戦いが開始された。

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↑↑↑1805年戦役初期配置。Heidelbergに集結した大陸軍。目前のUlmにはマック将軍率いるオーストリア軍。ロシア軍はフランス軍が1ユニットでもAusterlitzに侵攻すると盤上に現れる(登場エリアはAusterlitz)という、いわば史実におけるアウステルリッツの戦いを強引に再現しようとするかの如き陰謀ルールにより登場する。しかも、登場するロシア軍は12部隊62戦力とナポレオンの主力部隊に匹敵する勢力を誇っている。 フランス軍のこの戦役シナリオにおける大戦略としては…

①Viennaまで順当に進軍し態勢を整えてAusterlitzでの決戦に挑む
②ゲーム的ではあるが強行軍で少数の部隊をAusterlitzへ突入させ早々にロシア軍を登場させた後、それらが分散(連合軍の移動は4部隊ごとのダイス判定で決定される。)した所を各個撃破する

という2つが考えられる。今回はターン数やナポレオン不在の戦場におけるフランス軍の脆さ(使用できる戦闘プランが「4」から「1」に減少)を考え、より確実であると思われる①のプランを行う事と決定。確実と言っても、通常の移動だけで史実通りの結果をえるターンまでにAusterlitzへ辿り着くのは困難である。よって、補給ポイントを使用した強行軍を行うタイミングも考えなければならない。
 いつものように盤上にある5ヶ所の目標マーカー(フランス国旗がデザインされたマーカー)が配置されたエリアを全て支配すればフランス軍の勝利となる。

1805年10月前半
 ナポレオンはオーストリア軍の目前でフランス軍を2つに分け、自らは4部隊30戦力を率いFreiburgへ進軍。Davout率いる5部隊28戦力をNurembergへ向かわせた。フランス軍の襲来に各都市のオーストリア軍は次々と降伏。DavoutはNuremberg支配のため1部隊を残すと強行軍を行い、勝利条件都市であるHeidelbergに引き返した。
 フランス軍の電撃的侵攻にオーストリア軍は混乱の中で行動を開始する。フランス軍に対抗するためになのか、オーストリア軍総司令官であるマック将軍も自らの軍を2つに分け、Gyulai以下4部隊18戦力に現地徴集兵を加えた部隊がFreiburgに向かい、残りのKeinmayer以下4部隊23戦力はUlmに留まりフランス軍に備えた。これ以外の部隊は補給不足の影響もありフランス軍を避けるようにViennaへ向かって後退。

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↑↑↑Freiburgの戦い。先手をとったフランス軍はMarmontの部隊が側面から、Bernadotteの部隊が正面から攻撃をかける。この攻撃により混乱したオーストリア軍に対し後続のSoultの部隊が攻撃。最後にBessieres率いる皇帝親衛隊が突撃し止めを刺した。フランス軍の損害は1ステップのみ。

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↑↑↑1805年10月前半の状況。戦いの第1ラウンドはフランス軍の完全勝利となった。

続く・・・。
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by slgplayer | 2012-07-13 18:50 | SLG | Comments(0)

DVG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1800年戦役③

 前回の大河ドラマ「平 清盛」はシリーズを通して一番の盛り上がりを魅せるハズだったのだが・・・。あの一騎討ちはないだろ~。いろいろ事情はあるのだろうが、ああいうのって製作している側で「なんか変」って思わないものなのが不思議だ。

 DVGのソロプレイ用SLG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1800年戦役の続きである。Milanを攻略したフランス軍に対し、オーストリア軍の動きは鈍く、なんら有効な行動を起こす事ができないまま軍は停止している。

1800年6月上旬
 ナポレオンは敗走するオーストリア軍を追いMarengoへ進軍、敗残のオーストリア軍は降伏した。その後補給のため停止し砲兵の補充を受ける。また、いざと言う時のためScout(戦闘以外でダイスの振りなおしが出来る)を増強した。

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↑↑↑1800年6月上旬フランス軍ターン終了時の状況。ナポレオンはMarengoへ進軍。まさに行進曲「MARCHE DE LA GARDE CONSULAIRE A LA BATAILLE DE MARENGO(執政官親衛隊のマレンゴの戦いにおける行進)」状態。

 フランス軍がMarengoにて進軍を停止したとの報告を受け、オーストリア軍はようやく行動を開始した。まず、Melas率いる主力3部隊15戦力がMarengoへ進軍。それとは別にFrimontの1部隊2戦力がNice攻略へ向う。残りの3部隊7戦力はSavonaへ残留となった。
 分散したオーストリア軍は、Melas率いる主力部隊がMarengoにおいてフランス軍と戦闘となり、数で圧倒されたオーストリア軍は敗北。残存のオーストリア軍2部隊5戦力はSavonaへ敗走した。また、Nice攻略へ向かったFrimontの部隊も、2戦力ではフランス軍に比べ戦力が少なすぎ敗北。

1800年6月下旬
 オーストリア軍主力を撃破したナポレオン率いるフランス軍主力はNiceからの援軍を加えた7部隊40戦力でオーストリア軍の策源地となっているSavonaへ進軍。Melasの主力部隊がMarengoで敗れ、守備隊を除くと4部隊12戦力まで戦力が低下していたオーストリア軍は、短時間の戦闘であっさり敗走した。
 Savonaを占領したことにより、フランス軍は勝利条件エリアをすべて占領したことにより1800年戦役は終了となった。

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↑↑↑1800年戦役におけるナポレオン・ボナパルトの軌跡。

 今回の1800年戦役シナリオでは、史実と同時期に勝利条件を達成したことで20VPを獲得。VPの累計は「64」となった。この戦役はターン数が短いため、1ターンの移動がかなり重い。そのため今回は以前の戦役にも増してScoutによるダイス振りなおし(もちろん補給ポイントを要する。事前の準備で1ターンに3回まで使用可能)を多用する事となった。しかし、そのためオーストリア軍の動きは鈍く、結果としてフランス軍に各個撃破を許す結果となった。ただ、ダイスを振り直してもいい結果が出るとは限らないため補給ポイントは強行軍に使った方がいいかもしれない。

 次は引き続き「FIELD COMMANDER NAPOLEON」より、アウステルリッツの戦いがある事で有名な「1805年戦役」をソロプレイする予定。
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by slgplayer | 2012-07-11 11:54 | SLG | Comments(0)

DVG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1800年戦役②

 DVGのソロプレイ用SLG「FIELD COMMANDER NAPOLEON」1800年戦役の続きである。1800年5月、フランス軍はグラン・サン・ベルナール峠を越え北イタリアへ侵入した。

1800年5月下旬
 ナポレオンはアルプスを越えて北イタリアへ進攻した全部隊(5部隊31戦力)を率いMilanへ進軍。Milanのオーストリア軍は僅か2日間の包囲戦(ダイス目で決定される戦闘ターンが2ターンだった)の後降伏。これに対しオーストリア軍7部隊18戦力がMilan奪回のため攻撃を仕掛けてくるが、オーストリア軍は大半が徴集兵のため士気も低く、ナポレオンは簡単にこれを撃退。

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↑↑↑第2次Milan会戦。オーストリア軍の士気は低く、徴集兵はフランス軍の突撃を受けるとあっさり敗走。フランス軍の勝利となった。
 
 敗れたオーストリア軍はMarengoへ後退。この間フランス軍にとって幸運な事に、Savonaに集結中のMelas率いるオーストリア軍主力は、フランス軍の行動を見極められないのか、なんら積極的な行動を行わなないまま無為に時を過ごす。

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↑↑↑18005月下旬ターン終了時の状況。Milanを攻略したフランス軍。幸運の女神はフランス軍に微笑み、オーストリア軍主力はなんら積極的な行動をとらなかった。

続く・・・。
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by slgplayer | 2012-07-09 18:38 | SLG | Comments(0)