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ツクダ/GJ「謙信上洛」をソロプレイ⑥

家族で話題の映画「関ヶ原」を鑑賞。ネタバレになるので多くは語りません。個人的には映画「ワーテルロー」における親衛隊の最後を連想させるシーンがありました。

ツクダ/GJ「謙信上洛」ソロプレイの続きである。ゲームは全15イニングで終了。織田信長または上杉謙信ユニットの除去によるサドンデスで勝負が着かない場合、ゲーム終了時のVPで勝敗が決定する。ここまで、VPでは織田方が上杉方を圧倒しており、ほぼ勝利を手中にしていると言える。

第14イニング(1578年10月中旬)
状況変化:上杉勢の包囲下となってた美濃大垣城があっさりと降伏。丹後の一色義道が、上杉方にたち参戦。

上杉方:上杉方として参戦した一色勢(2,000)は、丹波へ侵攻する山名勢を抑えるため出陣。
大垣城を占領した上杉謙信は、織田信長との再度の決戦に及ぶため近江へ戻る。琵琶湖東岸において上杉謙信(40,000)と織田信長(48,000)が激突。

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↑↑↑上杉謙信(40,000)VS織田信長(48,000)

合戦は、数は多いがステップロスするユニットもまた多数の織田勢が敗北。敗れた信長は、11,000の兵を失い安土城まで後退。上杉勢の損害は5,000。ステップロスのユニットが目立ってきた上杉勢は、これ以上の損害を避けるため佐和山城を包囲。
武田勢は、甲斐上野城へ進軍し、徳川勢と対峙。

織田方:織田信忠は、滝川一益の軍勢と合流。岐阜城から大垣城まで進軍しこれを強襲。6,000の兵を失いながらも大垣城を奪回する。
武田勢(22,000)が甲斐上野城まで前進して来たため、数で劣勢な徳川勢は駿河へ後退。

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↑↑↑第14イニング終了時。最終ターンを前に織田方の勝利は確定している。

第15イニング(1578年10月下旬)
状況変化:上杉勢の包囲下となっていた佐和山城が降伏。マップ上における織田方の劣勢が明らかとなってきたためか、雑賀衆が再度上杉方へ立って参戦。

上杉方:兵力は多いが、そのほとんどがステップロス状態のユニットとなっている織田信長へ最後の決戦を挑むため、上杉謙信は全軍を率いて安土城へ進軍。しかし、信長は決戦を避け安土城へ籠城。安土城への強襲は、流石の上杉謙信と言えども荷が重い。また、兵力に劣っている上琵琶湖に面した安土城を包囲する事も出来ず、手詰まり状態となってしまった。

織田方:VPは織田方が圧倒しているため、無理をせず。取り敢えず徳川勢を三河へ帰還させる。

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↑↑↑西国の状況。毛利勢は少しづつ支配地域を広げている。

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↑↑↑駿河・遠江の状況。結局、徳川勢は駿河・遠江に点在していた武田方の城を全て支配する事に成功。

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↑↑↑美濃・近江付近の状況。上杉謙信は、安土城下まで迫るものの、冬の訪れは目前となっていた。

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↑↑↑ゲーム終了時。マップ上の戦況は上杉方有利だが、VPでは織田方の勝利。

最終的なVPは「-13」『織田方の圧倒的な勝利』となった。

織田方勝利の要因は以下の通りと思われる。
○遠江、駿河の武田方の城を全て支配した事
○序盤播磨三木城、丹波亀山城のユニットを除去
○織田方が上杉方との戦闘で無理をせず、敗走前に退却したため

こんな所だろうか。
勝利条件のバランスはともかく、プレイして楽しいゲームとはこういうゲームをいうんだろうなぁ。
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by slgplayer | 2017-09-13 20:56 | SLG | Comments(4)

ツクダ/GJ「謙信上洛」をソロプレイ⑤

ツクダ/GJ「謙信上洛」ソロプレイの続きである。織田信長との数度に渡る合戦に全て勝利した上杉謙信は、近江長浜城まで進出。一方、織田信長は安土城まで後退すると共に、急遽荒木村重及び佐久間盛信の軍勢を呼び戻し合流を図る。

第11イニング(1578年9月中旬)
状況変化:徳川・織田連合軍により包囲下となっていた駿河興国寺城が陥落。

上杉方:上杉景勝率いる兵6,000を別働隊として分派し美濃大垣城を包囲下とする。上杉謙信率いる本隊(38,000)は琵琶湖沿いに進み佐和山城を強襲しこれを占領。
武田勢(22,000)は、織田方の占領下にある大島城を包囲下とする。
毛利勢(16,000)は、織田方の占領下にある播磨上月城を包囲下とする。

織田方:信長は、安土城にて荒木村重、佐久間盛信の軍勢と合流し、その兵力は計48,000となった。滝川一益の軍勢(10,000)は美濃岐阜城へ到着。徳川勢と共に駿河攻略中の織田信忠の軍勢(16,000)を近江へ呼び戻し、駿河攻略は徳川勢に任せる事とする。

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↑↑↑佐和山城を占領した上杉謙信。織田信長は、安土城にて荒木村重及び佐久間盛信の軍勢と合流。反撃の機会を伺う。

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↑↑↑第11イニング終了時。マップ上では上杉方有利の状況ながら、VPでは織田方が圧倒している状況は変わらず。

第12イニング(1578年9月下旬)
状況変化:毛利勢が播磨上月城を奪還。これを受けてか、毛利勢総大将の毛利輝元がようやく出陣ボックスへ加わる。

上杉方:播磨上月城を奪回した毛利勢(16,000)が、千種川を越え羽柴秀吉の軍勢(14,000)を攻撃。損害は両軍共に同レベル(損失は各3,000)ながら、若干兵力に劣る羽柴秀吉の軍勢は姫路城まで後退。

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↑↑↑千種川を越え羽柴秀吉の軍勢を襲う毛利勢。羽柴秀吉は姫路城まで退却を余儀なくされる。

近江の上杉勢は、兵力の再編成と損害の回復を図る。上杉景勝の軍勢(6,000)は大垣城の包囲を継続。

織田方:滝川一益の軍勢(10,000)が、大垣城包囲中の上杉景勝の軍勢(6,000)を攻撃。上杉景勝は、大垣城の包囲を諦め近江へ退却。
毛利勢の攻勢により姫路城まで退却した羽柴秀吉は、より籠城戦に適した花隅城まで後退。

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↑↑↑第12イニング終了時。織田信長、上杉謙信共にこれまでの損害からの回復を図る。

第13イニング(1578年10月上旬)
状況変化:但馬竹田城が山名勢により、駿河沼津城が徳川勢により、そして信濃大島城が武田勢により陥落。

上杉方:安土城で織田信長との対決は不利と見た上杉謙信は、佐和山城へ加賀一向衆(8,000)を残し、自らは上杉勢全軍(39,000)をもって美濃へ侵攻。大垣城の滝川一益(10,000)を攻撃。4,000の損害を被った滝川一益は、大垣城を捨て岐阜城まで退却。織田勢に比べ補充能力が圧倒的に劣る上杉勢は、無駄な損害を避けるため大垣城を包囲下とする。
毛利勢は、姫路城を包囲。

織田方:上杉勢が美濃へ侵入したとの報を受けた織田信長は、すぐさま全軍(54,000)を率い安土城を出撃。加賀一向衆(8,000)の籠る佐和山城を強襲。籠城する加賀一向衆は、最後の一兵まで抵抗を続け文字通り全滅し、攻めての織田勢も11,000余りの損害を被る。佐和山城は再び織田方の支配下となった。
駿河における武田方の城を全て支配下とした徳川家康は、北上し甲斐へ侵入。

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↑↑↑第13イニング終了時。美濃へ侵攻しVPを取返そうとした上杉謙信だったが、信長が易々とそれを許すはずもなくすぐさま反撃。

続く・・・。
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by slgplayer | 2017-09-09 11:54 | SLG | Comments(0)

ツクダ/GJ「謙信上洛」をソロプレイ④

仕事がトラブル続きで時間が取れず、8月の対戦は延期となってしまい残念。

ツクダ/GJ「謙信上洛」ソロプレイの続きである。北陸方面を除き、今の所織田方の圧倒的な優勢となっている。上杉勢は、加賀一向衆と合流し北陸方面を制圧しつつある。上杉謙信対織田信長の直接対決は近い。

第8イニング(1578年8月中旬)
状況変化:これまで中立を保っていた但馬の山名豊国が、織田方へ立って参戦。上杉勢に包囲されていた越前北ノ庄城、織田勢に包囲されていた信濃飯田城が陥落。
毛利出陣ボックスには新たに武将ユニット2個が追加された。

上杉方:上杉謙信は全軍(52,000)を挙げて越前に残された織田方最後の城である小丸城を包囲する。

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↑↑↑謙信は、小丸城を包囲し信長を挑発。

このままでは織田勢に各個撃破されるのは時間の問題である事に気付いた武田勝頼は、高坂昌信の別働隊と合流を果たすため北上。

織田方:総大将の目前で自軍の城が包囲されるという事態となり、遂に信長は謙信との決戦を決意する。まず、後詰として栃ノ木峠に布陣していた丹羽長秀の軍勢8,000を信長の下に呼び寄せる。総兵力を56,000とした織田勢は、小丸城を包囲中の上杉勢(52,000)に襲い掛かった。

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↑↑↑織田信長(56,000)VS上杉謙信(52,000)。地の利を捨てて決戦に及んだ織田信長であったが、上杉謙信の鬼神の如きダイス目の前に敗北を喫した。

上杉謙信との戦いで22,000もの損害を被った信長は賤ケ岳方面へ退却。上杉勢の損害は12,000(内4,000は加賀一向衆)であった。

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↑↑↑第8イニング終了時。上杉謙信との決戦に敗れた織田信長であったが、損害に対する織田方の回復力は2倍以上であり、VPは「-12」となっている。織田方の優勢はまだ崩れていない。


第9イニング(1578年8月下旬)
状況変化:初戦で被った損害から中々回復できなかった雑賀衆がとうとう中立となる。上杉勢の包囲下となっていた越前小丸城は、味方の軍勢が退却したとの報を受けたためか降伏。

上杉方:信長の軍勢に回復する時間を与えまいと、謙信は上杉勢全軍(42,000)を以って近江へ侵入。織田信長(38,000)は、賤ケ岳に砦を急増し上杉勢を迎え撃つ。

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↑↑↑上杉謙信対織田信長、2度目の直接対決。謙信の鬼神の如きダイス目がまたもやさく裂。織田勢は10,000の損害を被り敗走した上全ユニットがステップロス状態となった。上杉勢の損害は5,000。

武田勝頼は、甲斐~美濃国境付近にて、高坂昌信率いる別働隊と合流。

織田方:全ユニットがステップロス状態となった織田勢は、安土城付近まで退却。それと同時に丹波より佐久間盛信(6,000)及び石山本願寺包囲中の荒木村重(6,000)を信長の下へ向かわせる。
その間に上杉謙信は、25,000の兵を率いて長浜城へ向け強行軍を行う。

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↑↑↑第9イニング終了時。VPでは依然織田方が圧倒的に優勢なので、長浜城・佐和山城が盾となっている間に損害の回復を計りたい所。

第10イニング(1578年9月上旬)
状況変化:滝川一益の軍勢に包囲されていた美濃大島城が降伏。

上杉方:上杉勢は、長浜城を強襲し一気にこれを占領。
近江の戦況が上杉勢有利と見た毛利勢(16,000)がマップ西端より侵入を開始。
武田勢は、徳川・織田連合軍が興国寺城の攻略に手間取っている内に中山道を制圧しようと西進。

織田方:信長は、荒木村重・佐久間盛信らの軍勢との合流を急ぐ。また、合流した武田勢には対抗出来なくなった滝川一益の軍勢も近江へ向かわせる。
新たな脅威となった毛利勢には羽柴秀吉の軍勢だけが頼みとなる。

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↑↑↑安土城にて荒木村重・佐久間盛信らの軍勢との合流を急ぐ織田信長。

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↑↑↑第10イニング終了時。長浜城を失ったものの、滝川一益が美濃大島城攻略に成功したため、VP「-9」で以前織田方優勢。

続く・・・。
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by slgplayer | 2017-09-02 19:24 | SLG | Comments(2)

ツクダ/GJ「謙信上洛」をソロプレイ③

受験勉強による疲労の蓄積からか、Jr.が体調を崩す。

ツクダ/GJ「謙信上洛」ソロプレイの続きである。これまでの所、越前方面を除き織田方優勢な状況となっている。ゲームは全15イニング。毛利勢の動員状況と上杉勢による越前制圧状況により今後のの展開が決まると思われる。

第5イニング(1578年7月中旬)
状況変化:織田方により包囲下となっていた播磨上月城、信濃妻籠城が相次いで降伏。毛利勢の動員は緩慢で、ボックス内には武将ユニットが1個追加となったのみ。指揮官ユニットは未だ登場せず。

上杉方:武田勢は本隊(武田勝頼率いる兵15,000)、別働隊(高坂昌信率いる兵5,000)共に後退し、敵軍との間に距離を置く。
上杉勢は、越前における織田方の城への包囲を続ける。

織田方:大きな補充能力を活かし、武田勢との戦闘による損害を全て回復した滝川一益の軍勢は、前進し飯田城を包囲下とする。
徳川・織田連合軍は、太平洋岸沿いに東進し、織田水軍と共に江尻城を包囲。
播磨上月城を攻略した羽柴秀吉の軍勢は、一旦姫路城まで後退し毛利勢の出方を伺う。

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↑↑↑海と陸から江尻城を完全包囲下とした徳川・織田連合軍。

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↑↑↑第5イニング終了時。VP「-15」となり、織田方優勢。

第6イニング(1578年7月下旬)
状況変化:織田勢により包囲されていた丹波黒井城、上杉勢により包囲されていた越前丸岡城が降伏。毛利勢に待望の指揮官である吉川元春が登場。

上杉方:武田勝頼率いる軍勢(15,000)は甲斐上野城まで、高坂昌信率いる軍勢(5,000)は信濃高遠城まで後退。
越前丸岡城を攻略した上杉勢は、全部隊が北ノ庄城を包囲中の上杉謙信の下へ集結し、来るべき織田信長との決戦に備える。
ようやく指揮官が出陣ボックスに配置された毛利勢だったが、播磨に展開する織田勢と戦うにはまだ力不足と判断し、出撃を控える。
損害より回復した石山本願寺の一向宗(12,000)が、織田勢(荒木村重、佐久間盛信合計12,000)を攻撃。織田勢を撃退するには至らなかったものの、3,000の損害を与える。一向宗の損害は4,000。
徳川・織田連合軍包囲下にある江尻城の武田水軍が、同城を海上から封鎖中の織田水軍へ戦いを挑むが、武運無く壊滅。織田水軍の損害は1ステップのみ。

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↑↑↑包囲された江尻城から脱出を図る武田水軍だったが、織田水軍との交戦により壊滅。

織田方:波多野秀治亡き後、残敵掃討の様相となっている丹波から明智光秀の軍勢(12,000)を南下させ石山本願寺包囲軍に合流させる。丹波へは入れ替わりに佐久間盛信率いる軍勢5,000が向かう。
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↑↑↑北ノ庄城に集結した上杉勢。

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↑↑↑第6イニング終了時。織田方優勢変わらず。

第7イニング(1578年8月上旬)
状況変化:加賀一向衆に包囲された越前大野城、徳川・織田連合軍に包囲された駿河江尻城がそれぞれ陥落。
毛利出陣ボックスには武将ユニット2個が追加となるが、指揮官は依然登場せず。
織田水軍に待望の鉄船が登場。

上杉方:越前大野城を攻略した加賀一向衆は、上杉勢と合流するため北ノ庄城へ向かう。兎に角、越前を制圧しない事には始まらない。

織田方:鉄船を完成させた織田水軍は、瀬戸内海へ侵入し毛利水軍と交戦しこれを撃破する。

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↑↑↑鉄船の威力の前に、毛利水軍は半数を失い敗走。

江尻城を攻略した徳川・織田連合軍は、興国寺城へ進軍しこれを包囲下とする。

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↑↑↑第7イニング終了時。いまだマップ上、VP共に織田方が優勢。

続く・・・。
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by slgplayer | 2017-08-27 20:02 | SLG | Comments(0)

ツクダ/GJ「謙信上洛」をソロプレイ②

ツクダ/GJ「謙信上洛」ソロプレイの続きである。第1イニングに水軍を動かす事を忘れていた事に気付く。まあ、悪天候で活動できなかったという事にして、第2イニングからは忘れずに水軍を動かす事にする。

第2イニング(1578年6月中旬)
状況変化:幸か不幸か、「何もなし」

上杉方:上杉勢は日本海側を越中へ進軍。武田勝頼率いる武田勢主力は駿河から遠江へ向かう。また、江尻城から武田水軍を出撃させ、鳥羽城の織田水軍を牽制。西国では毛利水軍が瀬戸内の制海権を獲得。僅か1ユニットながら強力な雑賀勢(2,000)が岸和田城を包囲する。

織田方:鳥羽城の織田水軍が武田水軍撃破のため出撃。両軍は浜名湖沖で交戦。双方ともに損害は無かったものの、数的に不利な武田水軍が江尻城まで後退。
織田信忠の軍勢(16,000)が、強行軍を重ね浜松城へ到着。徳川勢(14,000)との合流を果たす。
荒木村重、佐久間信盛(合計12,000)は、石山本願寺への攻撃を中止し、岸和田城包囲中の雑賀勢(2,000)を攻撃。圧倒的な戦力差にモノを言わせ、雑賀勢を敗走させる事に成功。

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↑↑↑岸和田城を包囲中だった雑賀衆は、石山本願寺より駆けつけた織田勢によって撃破された。

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↑↑↑第2イニング終了時。

第3イニング(1578年6月下旬)
状況変化:前のイニングに続き、このイニングも「何もなし」

上杉方:浜松城の徳川勢が織田信忠の援軍と合流した事により、劣勢となった武田勝頼の軍勢は、大井川沿いに砦を築く。中山道を進軍中の武田勢別働隊(8,000)が、織田・徳川連合軍の後方を脅かす事に期待する。
石山本願寺の一向宗(12,000)は、岸和田城の織田勢(12,000)を攻撃するが、織田勢の反撃を受け約4,000の兵を失い後退。

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↑↑↑一向宗は岸和田の織田勢を攻撃。しかし、互角の兵力にも関わらず、荒木村重らの反撃により敗北を喫する。

上杉勢は、小松城にて加賀一向衆と合流。柴田勝家率いる軍勢(16,000)は、上杉謙信到着前にリアクション移動にて小松城の包囲を解き越前へ後退。

織田方:織田信長率いる織田勢主力部隊(32,000)は、後退してきた柴田勝家(16,000)と合流。その兵力を48,000とし、木ノ目峠に布陣。
浜松城の徳川・織田連合軍(30,000)は前進し掛川城を包囲。中山道には滝川一益率いる部隊(10,000)を武田勢別働隊迎撃のため派遣する。
加賀一向衆と合流し勢いに乗る上杉勢は強行軍により越前へ侵入。

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↑↑↑北陸の状況。今の所、織田勢は数を頼みに上杉勢を迎え撃つしか選択肢は無い。

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↑↑↑東海・中部の状況。中山道における勝敗如何でこれからの動きが決まる。

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↑↑↑第3イニング終了時。

第4イニング(1578年7月上旬)
状況変化:両陣営ともダイス目で1、2を連発。包囲下にあった播磨三木城、丹波八上城、遠江掛川城、加賀大聖寺城が落城。これにより、三木城の別所勢及び八上城の波多野勢が除去され、VPは一挙に「-11」となった。毛利出陣のダイス目は低調で、出陣ボックスにはこれまで合計5個の武将ユニットが配置されるのみ。

上杉方:上杉謙信は、37,000の兵をもって北陸最大の城である北庄城を包囲。
中山道を進む武田勢別働隊(高坂昌信率いる8,000)は、滝川一益率いる織田勢(10,000)と交戦。双方ともに大きな損害(各-4,000)を被るが、若干兵力に劣っていた武田勢が先に全ユニットステップロス状態となり敗北。敗れた武田勢は妻籠城まで後退。

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↑↑↑中山道を進軍する武田勢別働隊(8,000)は、滝川一益率いる織田勢(10,000)と交戦し敗北。

織田方:妻籠城へ後退した武田勢を、織田勢は追撃。武田勢は飯田城まで後退。この時の追撃戦にて武田勢殿を務めていた長坂釣閑を討ち取る。ステップロスならば回復可能なのだが、除去されたユニットは一向宗を除き復帰する事はないため、武田勢にとっては痛い損失となった。
掛川城を支配した徳川・織田連合軍(30,000)は、武田勝頼の本隊(16,000)を攻撃。既に高坂敗北の報を受けていた勝頼は、1ラウンドの交戦の後後退。ダイス目の幸運もあり、武田勢の損害1,000に対し徳川・織田連合軍の損害3,000だったという。

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↑↑↑大井川を渡り、武田勝頼率いる武田勢主力部隊(16,000)へ襲い掛かる徳川・織田連合軍(30,000)。中山道において高坂昌信率いる別働隊敗北の報を受けていた武田勢は、1ラウンドの戦闘の後にあっさりと後退。

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↑↑↑第4イニング終了時。これまでの所北陸以外は織田方優勢だが、ゲームは全15イニング。まだまだ先は長い。

続く・・・。
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by slgplayer | 2017-08-22 18:54 | SLG | Comments(0)

ツクダ/GJ「謙信上洛」をソロプレイ①

短い夏休みが終わり、今日からお仕事再開。はぁ~・・・

今回のソロプレイは、お馴染み?のツクダ/GJ「謙信上洛」を久々に選択。このゲームは、「もし上杉謙信が上洛を決意したら」というIF設定のゲームである。発売から25年以上経過しているにも関わらず、根強い人気を誇り、今もどこかでプレイされ続けている(と思う)。

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↑↑↑今回は、ユニットはツクダ版、マップはGJ版にてソロプレイ。

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↑↑↑初期配置。いわゆる信長包囲網が完成しつつある状況。

第1イニング(1578年6月上旬)
状況変化:織田方小大名が上杉方へ寝返るというものだが、まだ第1イニングのため「何もなし」。

上杉方:上杉謙信率いる44,000の軍勢が日本海沿いに進軍を開始。甲斐の武田勢は、軍勢を2手に分け、一隊を高坂昌信率いる8,000の軍勢は中山道を進軍し、もう1隊を武田勝頼が率い駿河江尻城まで進軍。

織田方:中山道を進軍する武田勢を迎え撃つため、織田信忠勢(約16,000)が岐阜城より出撃し信濃へ向かう。駿河へ南下中の武田勢本隊は、三河の徳川家康がその迎撃の任を負う。
亀山城の明智光秀は、12,000の軍勢を率い八上城にて波多野秀治(約2,000)を包囲。織田信長自身は、主力部隊32,000を率い越前へ向かって進軍。丹羽長秀と共に栃ノ木峠に布陣。越前の柴田勝家は、上杉勢が越前に入る前に加賀一向衆を討つため北ノ庄より出撃。

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↑↑↑春日山城を発した上杉謙信率いる上洛軍。上杉謙信の戦闘能力「6」はゲーム中最強を誇る。

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↑↑↑浜松城で武田勢を待ち構える徳川家康。

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↑↑↑信長は、謙信の近江侵入を防ぐため栃ノ木峠まで前進。

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↑↑↑西国の状況。毛利勢の動き次第で戦況は大きく変わる。

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↑↑↑取り敢えず第1イニングが終了。戦いはまだ始まったばかり。

続く・・・
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by slgplayer | 2017-08-17 20:22 | SLG | Comments(2)

ツクダ「謙信上洛」を対戦

ツクダ「謙信上洛」を鱸氏と対戦。対戦は2度目。前回はかなり前だが上杉側で勝利をおさめている。今回は陣営を入れ替え織田側を担当。

・ツクダ「謙信上洛」
・担当:織田側
・結果:勝利 VP-34
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↑↑↑イベントで毛利が無力化。武田勝頼は徳川・織田連合軍が撃破。これにより、織田側はほぼ全軍で上杉謙信を迎え撃つことができ、数で押し切ることができた。

次回対戦はハリコフ戦のゲームを対戦予定。

その後、「ドイツ南方軍集団」の中から「キエフ」をソロでプレイ。キエフは陥落しなかったが、キエフ以外の都市をほとんど占領したドイツ軍が勝利を収めた。
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↑↑↑最終ターン
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by slgplayer | 2011-04-21 18:31 | SLG | Comments(0)