主にシミュレーションゲーム時々その他
by マイケル
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
以前の記事
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
more...
最新の記事
バンダイ「宇宙戦艦ヤマト」よ..
at 2017-03-18 14:27
GMT「バトルライン」をJr..
at 2017-03-13 20:59
バンダイ「宇宙戦艦ヤマト」よ..
at 2017-03-11 18:19
バンダイ「宇宙戦艦ヤマト」よ..
at 2017-03-09 19:28
FFG「Star Wars:..
at 2017-03-05 23:32
最新のコメント
> 白さん こんにちは..
by slgplayer at 17:51
ご無沙汰をしております ..
by 白 at 16:44
> ポール・ブリッツさん..
by slgplayer at 11:02
ご無沙汰しています。 ..
by ポール・ブリッツ at 23:19
ポール・ブリッツさん ..
by slgplayer at 19:03
検索
カテゴリ
全体
SLG
その他
タグ
(37)
(36)
(25)
(20)
(20)
(17)
(16)
(16)
(16)
(15)
(14)
(13)
(12)
(12)
(12)
(12)
(11)
(11)
(10)
(10)
(10)
(10)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(9)
(8)
(8)
(8)
(8)
(8)
(8)
(8)
(8)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(7)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(6)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(5)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(4)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(3)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(2)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
最新のトラックバック
新しい年に贈る言葉
from dezire_photo &..
恐竜絶滅 小惑星衝突説に疑問
from 時々時事爺
画像一覧


タグ:真田軍記 ( 16 ) タグの人気記事

天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」をソロプレイ⑧

 天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」ソロプレイの続きである。戦場は、遂に大坂城周辺に移動。今回、いよいよ最終ターンを迎える。

第18ターン(5/22~24)
大坂方:獲得VPから考えるに、最終ターンまで大坂城を守り抜けば勝利できそうだ。堺を放棄し、大坂城へ戦力を集中させる。豊臣秀頼は大坂城へ籠城し、残りの全部隊は城外へ布陣し、関東方を迎え撃つ。その兵力は36戦力。
関東方:堺を占領。家康率いる関東方主力部隊85戦力は、天王寺付近に布陣。城外の大坂方主力部隊に決戦を挑む。

b0162202_22175161.jpg

↑↑↑天王寺付近で激突する両軍主力部隊。大坂方36戦力のうち無傷のユニットは13個。関東方85戦力のうち無傷のユニットは15個。結果は、大坂方13戦力の損失に対し、関東方の損失は15戦力で引き分け。

b0162202_2218255.jpg

↑↑↑第18ターン終了時。関東方は一時堺まで後退。

第19ターン(5/25~27)
 大坂方の補充は1ポイント。これに対し関東方の補充は3ポイントとなった。家康は、堺の1部隊を加えた70戦力を率いて再び大坂方主力23戦力を攻撃。損害は双方2戦力の損失。関東方は、家康と秀忠のユニットが無傷で残るが、大坂方はこの損害に耐えられず、大坂城内へ敗走。関東方はようやく大坂城を包囲する事に成功。

b0162202_22181163.jpg

↑↑↑第19ターン終了時。関東方はようやく大坂城を包囲。

第20ターン(5/28~31)
 関東方は補充を受けた後大坂城を強襲。しかし、大坂方の抵抗は激しく、籠城していた大坂方ユニット22個中6個を除去し、大坂城の耐久力を9まで低下させた所で関東方は強襲を中止。そのまま終了となった。

b0162202_22182191.jpg

↑↑↑ゲーム終了時。大坂方VPは「17」。結果は「大坂方の大勝利」となった。

 やはり、予想通り「夏の陣」シナリオの方が、ターン数が短い分大坂方の勝率は高いようだ。実際に最終ターンまでプレイしてみた感じでは、ゲーム上の勝ちを収めるだけなら大坂方有利とさえ思える。これを覆すためには、関東方による、もっと積極的でギリギリの用兵と大きな幸運が求められるようだ。

 次のソロプレイは、T3シリーズ最後の作品となったGMT「Von Manstein's Backhand Blow」の予定。
[PR]
by slgplayer | 2015-01-26 22:23 | SLG | Comments(0)

天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」をソロプレイ⑦

 天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」ソロプレイの続きである。圧倒的な兵力にて大坂城を目指す関東方の軍勢に対し、大坂方は寡兵ながら果敢に反撃を行う。しかし、関東方を敗走一歩手前まで追い込みながらも、大坂方は敗北を重ねる。京を制圧した家康は、いよいよ大坂城を目指し進撃を開始する。

第13ターン(5/7~9)
大坂方:大坂方の獲得VPは「35」。敗北続きで損害も大きく、兵力の再編成に専念せざる終えない。補充及び播磨に展開していた1部隊を加え、なんとか30戦力まで回復する。
関東方:大坂方に立ち直る隙を与えない。家康は、伏見城を攻略した伊達勢を加えた74戦力にて前進。淀城において兵力再編成中の大坂方軍勢を攻撃。

b0162202_1056948.jpg

↑↑↑淀城にて兵力再編成中の大坂方に対し、合戦を挑む関東方の軍勢。

 ステップロスしていない完全戦力のユニット数は大坂方5個、関東方10個。合戦の結果は、関東方の損害8戦力に対し、大坂方の損害は5戦力。大坂方の軍勢は、再び全ユニットがステップロス状態となり敗走。更に関東方の追撃阻止に失敗し、2ユニットが除去される。

b0162202_10562786.jpg

↑↑↑第13ターン終了時。合戦に敗れた大坂方は茨木城まで後退。

第14ターン(5/10~12)
大坂方:大坂方の獲得VPは「31」。大坂方の補充は1ポイントのみ。関東方はあと2戦力分の損害を被れば敗走するのだが、これでは反撃処ではない。大坂城まで後退し、城外に布陣。
関東方:大和秋山城が開城し、大坂方の支配下となる。家康率いる関東方主力部隊は、補充を受けると大坂城を目指し前進。途中、高槻城を強襲しこれを攻略。

b0162202_1056386.jpg

↑↑↑第14ターン終了時。大坂方主力部隊は、大坂城まで後退。一方の関東方は、高槻城を攻略。

第15ターン(5/13~15)
大坂方:関東方が大坂城に到達するまで、できるだけ損害の回復に努める。
関東方:補充を受けながら前進を継続。茨木城を攻略。再び動き出した藤堂高虎率いる軍勢が、大和秋山城を包囲。

第16ターン(5/16~18)~第17ターン(5/19~21)
 関東方が尼ヶ崎城を奪還した以外、両軍ともに損害の回復に専念する。他これといった動きは無し。

 完全に劣勢な大坂方だが、ゲームは残り3ターン。このまま逃げ切る事ができるのか?それとも、関東方が大坂城を攻略するのか?

続く・・・。
[PR]
by slgplayer | 2015-01-24 11:04 | SLG | Comments(0)

天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」をソロプレイ⑥

 天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」ソロプレイの続きである。京~膳所城間にて行われた2度の合戦により、両軍は共に大きな損害を被った。大坂方は京の北東に築かれた砦において、関東方は膳所城において、損害の回復を図りながら睨み合う。

第9ターン(4/25~27)
大坂方:補充及び動員により損害の回復に努め、なんとか34戦力まで回復。関東方の侵攻に備え、京の北東に砦を築く。
関東方:関東方は膳所城に集結した全兵力(88戦力)にて、京の北東に築かれた大坂方の砦を強襲する。

b0162202_18574136.jpg

↑↑↑大坂方の砦を強襲する徳川家康の軍勢。表面的な戦力は大坂方34戦力、関東方88戦力。両軍ともに、いまだ前の合戦からの損害から回復しきっていない状況では、ステップロスしていない部隊ユニットの数も勝敗を決める重要な要素となる。

 
 ステップロスしていない大坂方の部隊ユニットは6個。対する関東方は20個。合戦の結果は大坂方の損害6戦力に対し、関東方の損害は11戦力。2ラウンドの戦闘の後、全ユニットがステップロス状態となった大坂方の軍勢は、淀城まで後退を余儀なくされた。関東方の追撃は殿の真田幸村が阻止することに成功。

b0162202_18575274.jpg

↑↑↑第9ターン終了時。合戦に敗れた大坂方は淀城まで後退。

第10ターン(4/28~30)
大坂方:大坂方の獲得VPは「48」。淀城の周囲に砦を築き、関東方の侵攻に備える。大野道犬は伏見城へ、大野治房は二条城へ決死の籠城。
関東方:若干の補充を得た後、伊達勢6戦力を分派し伏見城を包囲。一方の家康は73戦力を率いて二条城を強襲しこれを占領。二条城に籠城していた大野治房以下の大坂方の武将は全員討死。その頃、ここまで全く動きを見せなかった藤堂高虎が軍勢を率いて伊賀上野城より出撃。秋山城を包囲中だった大坂方細川興秋の軍勢を攻撃。しかし、思わぬ反撃を受け名張城まで後退。

b0162202_1858133.jpg

↑↑↑第10ターン終了時。関東方は二条城を占領し、京の街を支配下に置く。

第11ターン(5/1~3)
大坂方:大坂方の獲得VPは「41」。補充は「3」。京を失ったものの、堺を抑え獲得VP40+の大坂方はまだまだ戦えるはずである。関東方も疲弊していると踏んだ大坂方は淀城に待機していた主力30戦力をもって、二条城の関東方軍勢69戦力に決戦を挑む。

b0162202_18581066.jpg

↑↑↑京の街に陣取る関東方の軍勢に対し、決戦を挑む大坂方。

大坂方の損害は8戦力、これに対し関東方の損害は6戦力。双方2ユニット除去の上全ユニットがステップロスとなり、結果は引き分け。

関東方:播磨三木城が開城し、大坂方の支配下となった。後退した大坂方への追撃を断念し、損害の回復を図る。

b0162202_18583028.jpg

↑↑↑第11ターン終了時。再び破れた大坂方主力部隊は、関東方の追撃を警戒し、地形効果を得られる地点まで後退。

第12ターン(5/4~6)
大坂方:淀城まで後退した大坂方主力部隊は、砦を構築し損害からの回復を図る。
関東方:大坂方が損害回復のため、積極的な行動に出る事は無いと予想した徳川家康は、伏見城を攻撃しこれを攻略する。伏見城に籠城していた大坂方の武将大野道犬は討死。

b0162202_18583824.jpg

↑↑↑第12ターン終了時。両軍は再び睨み合う。

続く・・・。
[PR]
by slgplayer | 2015-01-20 19:02 | SLG | Comments(0)

天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」をソロプレイ⑤

 天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」ソロプレイの続きである。兎に角、兵を東進させ、膳所城を包囲した大坂方。一方の関東方は、彦根城の徳川家康の下に兵を集結させる。大坂方は琵琶湖北岸の大溝城を攻略し、少しでも関東方の兵力を分散させようと試みる。

第5ターン(4/13~15)
大坂方:ここまで大坂方が獲得したVPは「27」。一気に5ユニットの動員に成功した大坂方は、主力部隊が展開する京~近江へ続々と兵を送り込む。集結した大坂方は膳所城の包囲を長宗我部盛親に任せ、明石全登は大溝城へ前進、真田幸村と後藤又兵衛(計16戦力)は、琵琶湖南岸を東進し、野洲川沿いに砦を構築。
関東方:大溝城へ進出した大坂方明石全登(6戦力)を警戒し、長浜城の松平忠直(14戦力)を賤ヶ岳まで前進させる。一方、徳川家康は、徳川頼宣(10戦力)を彦根城の守りに残し、自らは徳川秀忠の軍勢と合流後前進する。徳川家康率いる軍勢(108戦力)は日野川を越える。

b0162202_229426.jpg

↑↑↑第5ターン終了時。大坂方の目前に迫る関東方の大部隊。

第6ターン(4/16~18)
大坂方:京・堺を抑えている大坂方の獲得VPは「32」。いろいろ考えたが、結局、膳所城にて関東方を迎え撃つことに決定。二条城包囲中の長宗我部元親は後続の大坂方浪人衆に包囲を任せ、膳所城へ前進。大溝城まで進出していた明石全登、野洲川沿いに砦を構築した真田幸村・後藤又兵衛も砦を壊し膳所城へ後退した。こうして膳所城包囲中の大坂方の軍勢は42戦力となった。
関東方:摂津兵庫城、大和高取城、京二条城が陥落し大坂方の支配下となる。二条城に籠城していた関東方武将板倉勝重は切腹となった。徳川家康率いる軍勢108戦力は、膳所城包囲中の大坂方軍勢42戦力を攻撃。

b0162202_229576.jpg

↑↑↑膳所城を包囲中の大坂方軍勢に対し、関東方の大部隊が攻撃をかける。

 戦いは、兵力で圧倒する関東方が大坂方の2倍に及ぶ損害を被りながらも、結局数で押し切り勝利を収めた。この合戦における大坂方の損害は22戦力、関東方の損害は45戦力。破れた大坂方は京へ後退。関東方の追撃は殿を務めた真田幸村が阻止することに成功。

b0162202_22101153.jpg

↑↑↑第6ターン終了時。合戦に敗れた大坂方は京へ後退。

第7ターン(4/19~21)
大坂方:主力部隊が敗退したものの、京・堺を抑えている大坂方の獲得VPは「39」となる。京へ後退した大坂方の主力部隊は、補充と動員によって得た戦力及び二条城を攻略した浪人衆を加える等、なんとか35戦力をかき集め反撃に出る。

b0162202_22102718.jpg

↑↑↑大坂方は決死の反撃に打って出るが・・・。

 結果は、果敢な攻撃により徳川家康以外の関東方ユニットをすべてのユニットをステップロスさせたものの、一歩及ばず力尽きた大坂方は、全ユニットがステップロスとなり敗走。
関東方:大損害を被りつつもなんとか勝利を収めた徳川家康は、深追いを避け、彦根城から呼び寄せた徳川頼宣率いる10戦力と合流。賤ヶ岳に陣を張る松平忠直は前進し、大溝城を攻略。

第8ターン(4/22~24)
いまだ京の街に居座る大坂方の獲得VPは「42」。両軍共に前のターンに受けた損害からの回復と部隊の再編成を図りながら睨み合う。大坂方には大和方面から木村重成の部隊が合流。関東方徳川家康の軍勢にも、大溝城を攻略した松平忠直の軍勢が合流する。

b0162202_22104069.jpg

↑↑↑第8ターン終了時。睨み合う両軍。

続く・・・。
[PR]
by slgplayer | 2015-01-18 22:16 | SLG | Comments(0)

天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」をソロプレイ④

 天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」ソロプレイの続きである。前回の感じだと、大坂方は関東方が集結する前に膳所城を最低限包囲下に置いた上で部隊を更に東進させる必要がありそうだ。その辺を踏まえた上で仕切り直し。

 
第1ターン(4/1~3)
大坂方:まずは堺を占領。主力部隊は茨木城及び淀城を最低限の戦力で包囲した後、後藤又兵衛の部隊は高槻城を強襲しこれを占領。真田幸村の部隊は、強行軍を重ね二条城を包囲。
関東方:彦根城の井伊直孝を膳所城まで前進させる。徳川家康は、反応移動・強行軍を成功させ彦根城まで前進。

b0162202_18374155.jpg

↑↑↑大坂方は一気に京まで進軍。

第2ターン(4/4~6)
大坂方:高槻城を攻略した後藤又兵衛が京へ前進し、二条城の包囲を真田幸村より引き継ぐ。後を任せた真田幸村は、更に前進し膳所城を包囲。
関東方:家康は、彦根城にて北陸勢(松平忠直、前田利常)と合流。その兵力は合計44戦力となった。

b0162202_1837515.jpg

↑↑↑大坂方は膳所城を包囲下におく。

第3ターン(4/7~9)
大坂方:大坂方は、関東方武将ユニット不在の城の包囲を動員した武将ユニット1個づつに任せ、残りの部隊を近江へ集中させる。近江へ集中した大坂方の諸将は膳所城の包囲を後藤又兵衛より引き継ぐ。行動の自由を得た後藤又兵衛は、琵琶湖北岸を進み、大溝城を強襲しこれを攻略。
関東方:摂津尼ヶ崎城と大和龍田城が陥落し、大坂方の支配下となる。関東方は、琵琶湖北岸を荒らしまわる後藤又兵衛に備え、前田利常率いる12戦力を長浜城へ派遣。その頃、和歌山城より前進してきた浅野勢が岸和田城へ入城し堺を伺う。徳川家康は、後続を待ち彦根城を動かず。

b0162202_1838194.jpg

↑↑↑後藤又兵衛率いる軍勢が、琵琶湖北岸に位置する大溝城を攻略。

第4ターン(4/10~12)
大坂方:大溝城を攻略したものの、その先の補給源となる城が付近に存在しない事から、後藤又兵衛の部隊は、膳所城包囲軍の下へ戻る。
関東方:第1ターンから大坂方の包囲下にあった茨木城が陥落。茨木城城主片桐且元は切腹。これに続き、淀城と伏見城も相次いで陥落。彦根城にて、徳川家康は後続の部隊(徳川頼宣他)と合流し、その兵力は合計110戦力となった。

b0162202_18381234.jpg

↑↑↑彦根城に集結する関東方の軍勢。

続く・・・。
[PR]
by slgplayer | 2015-01-15 18:44 | SLG | Comments(0)

天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」をソロプレイ③

 天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」ソロプレイの続きである。大坂方は京を制圧し関東方を待ち構える。一方の関東方は大坂方を兵力で圧倒するため膳所城付近に集結している。

第5ターン(4/13~15)
大坂方:大坂方は出来る限りの戦力を二条城に集結させ、その兵力は31戦力となった。更に京の街中至る所に柵を作り関東方を待ち構える。その頃、大野治長率いる8戦力が、岸和田城を包囲中の関東方浅野勢に合戦を挑む。大坂方の攻撃を予想していなかった浅野勢は、4戦力を失い敗走。この合戦における大坂方の損害は2戦力。

b0162202_2254751.jpg

↑↑↑岸和田城救援に駆けつける大野治長の軍勢。

関東方:大坂方の包囲下にあった大和郡山城が落城。大坂方との合戦に敗れた浅野勢は、和歌山城近くまで後退。一方、家康は、念には念を入れ徳川秀忠率いる部隊とも合流を果たし、その兵力を126戦力とする。果たして、大坂方はこの大軍を止められるのか?

b0162202_225563.jpg

↑↑↑第5ターン終了時。大坂方の迎撃態勢は十分とは言えない状況。

b0162202_226964.jpg

↑↑↑念には念を入れて戦力を集結させる関東方。

第6ターン(4/16~18)
大坂方:大坂方の獲得VPは「29」。大坂方は、このターンに動員した部隊をすべて京へ送る。これで、京に陣取る大坂方の兵力は38戦力となった。木村重成率いる部隊が、大和高取城を包囲下とする。
関東方:大坂方の包囲下にあった兵庫城が陥落。遂に家康が率いる関東方大部隊が京へ向かい進軍を開始。途中、膳所城の松平忠直の部隊もこれに合流し、総兵力は138戦力となった。関東方は京の街に突入し、大坂方と市街戦を展開する。第1ラウンドにおける大坂方の損害は3戦力。これに対し関東方の損害は4戦力であった。大坂方の予想を上回る大兵力での攻撃に不利を悟った大坂方は、1ラウンドの戦闘後、二条城を放棄し後退。関東方の追撃は、殿を務めた真田幸村が阻止することに成功。

b0162202_2261935.jpg

↑↑↑第6ターン終了時。関東方の圧倒的な戦力の前に、大坂方はゲーム中最強の戦闘力を誇る真田幸村の指揮をもっても敗北。

 第6ターンまでソロプレイしてみた訳だが、大坂方の(ゲーム上の)勝利には程遠い展開に、テンションは大きく低下。このままでは奴ら(関東方)には勝てない!。戦闘結果表を見れば分かる通り、相手が51戦力を超えてしまえば、野戦では必ず損害が発生し、更にそれが81戦力以上になれば真田幸村指揮の下でも大坂方は2戦力ダメージ以上を必ず被ってしまう。ましてや相手は家康だ。大坂方は1戦闘ラウンドにつき3~5戦力は失う覚悟が必要だ。これは、関東方が十分な兵力を温存したまま大坂方が3~6ラウンド位で敗走する事を意味する。ゲームは残り14ターン。このまま続けた場合、大坂方はジリ貧となり、最後は大坂城と共に滅びてしまうだろう。大坂方は、今回でもかなり積極的に行動したつもりなのだが、もっとアグレッシブに行動する必要がありそうだ。その辺を踏まえた上で、もう一度第1ターンからこのシナリオを試してみたいと思う。

続く・・・。
[PR]
by slgplayer | 2015-01-12 22:40 | SLG | Comments(0)

天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」をソロプレイ②

 天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」ソロプレイの続きである。プレイする前に「大坂冬の陣」シナリオとの違いをザックリまとめてみた。

・初期配置は、徳川家康率いる20戦力が名古屋に、北陸勢(松平忠直、前田利常)24戦力がマップ上に配置されている事以外は冬の陣と同じ。
・関東方は3ターンまでにすべての戦力がマップ上に登場する。
・冬の陣では案外重要な働きをする西国よりの関東方増援部隊がない。
・特別ルールにより、播磨、丹後、若狭に配置されている関東方の部隊は、大坂方が3ヘクス以内に接近するまで移動不能。
・ターン数は冬の陣の約2/3(20ターン)。
・大坂城は堀を埋められてしまったため『3-12』に能力が低下している。
・大坂方から織田有楽ユニットがいなくなったり、関東方から上杉勢が姿を消しているが、これ自体はゲーム展開に影響を与えるようなものではない。
・関東方が勝利するためには、サドンデスもしくは50VP以上獲得しなければならない。

以上の点を踏まえた上でプレイ開始。

第1ターン(4/1~3)
大坂方:堺を占領。一方、主力部隊は京をめざし進軍を開始。真田幸村他16戦力にて茨木城を強襲しこれを攻略。茨木城に籠る片桐且元は切腹して果てた。明石全登は6戦力を率いて大和方面へ向かい龍田城を攻略。毛利勝永4戦力は摂津尼ヶ崎城を包囲。名古屋の徳川家康は、この動きに素早く反応し、関ヶ原まで前進。
関東方:家康は、伊勢方面の4戦力と合流後、強行軍を試みるが失敗。二条城の板倉勝重は、膳所城へ移動。彦根城から前進してきた井伊直孝と合流。大和郡山城の桑名一直も膳所城へ移動。膳所城に籠城する関東方の戦力は合計8戦力となった。大坂方は、この間にも積極的に行動し、真田幸村が高槻城を、明石全登が大和郡山城を包囲した。

第2ターン(4/4~6)
大坂方:大坂方は、高槻城、淀城、岸和田城を攻略しその勢力範囲を拡大する。一方で、大和方面へ向かった大坂方明石勢は郡山城の城兵から思わぬ反撃を受けたため、強襲を諦め包囲戦へ移行する。
関東方:徳川家康は南下してきた北陸勢と合流し、琵琶湖南岸を西進、日野川を渡る。徳川頼宣他の関東方60戦力がマップ内へ侵入。名古屋付近へ到着。
 大坂方は、この間にも強行軍を行い京へ進軍。二条城、伏見城を包囲。

b0162202_18533734.jpg

↑↑↑第2ターン終了時。大坂方は京の街を掌握しようと試みている。

b0162202_18534583.jpg

↑↑↑徳川頼宣他の関東方60戦力は、名古屋城付近まで進軍。

第3ターン(4/7~9)
大坂方:ゲーム開始以来、大坂~京の間にある関東方の城に対し強襲を繰り返す大坂方の軍勢には、少なからず損害が発生している現状では、少しでも補充が欲しい。しかし、堺を占領はしたものの、商人たちが未だに非協力的なためか、このターンの補充は「0」。唯一、動員によって得た1ユニットを、関東方浅野勢に備えるため岸和田城に陣を張っていた長宗我部勢と交代させる。長宗我部勢は京へ戦略移動を行い、二条城を包囲する真田勢と合流。伏見城を包囲していた後藤又兵衛の軍勢も、包囲を解き真田勢と合流。大坂方は二条城を強襲しこれを攻略。
関東方:第1ターンから大坂方により包囲されていた尼ヶ崎城が落城。徳川頼宣他に続き、徳川秀忠率いる軍勢24戦力が新たにマップ上へ侵入。先行する部隊を追うように大坂を目指す。徳川家康率いる関東方48戦力は、膳所城を通過し京まで2ヘクスの距離まで接近し、大坂方へプレッシャーをかける。

b0162202_18535627.jpg

↑↑↑第3ターン終了時。家康率いる部隊が早くも大坂方の目前に迫る。

b0162202_1854720.jpg

↑↑↑徳川頼宣の60戦力に続き、徳川秀忠率いる24戦力がマップ内へ侵入。

第4ターン(4/10~12)
大坂方:大坂方のVPは「16」。前のターンとは打って変わって、大坂方は動員4ユニット、補充2ポイントを受ける。これにより、大和方面の明石全登と摂津方面の毛利勝永は、大坂城より出撃してきた木村重成、薄多兼相に後を任せ京へ向かう。こうして、真田幸村など集結した大坂方30戦力が伏見城を強襲しこれを攻略。
関東方:一旦は京まで2ヘクスの位置まで前進した徳川家康だったが、大坂方が集結したため、松平忠直率いる部隊12戦力を膳所城へ残し後退。後続の徳川頼宣他の部隊と合流し、その兵力は102戦力となった。和歌山城を発した関東方浅野勢8戦力が、手薄となった岸和田城を包囲。

b0162202_18542196.jpg

↑↑↑関東方は戦力を集結し、京の街を伺う。

続く・・・。
[PR]
by slgplayer | 2015-01-09 19:17 | SLG | Comments(0)

天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」をソロプレイ①

 2015年最初のソロプレイゲームは、昨年このゲームを対戦した時から気になっていた天下布武/GJ「真田軍記」である。これまで、自分の中では、「冬の陣」シナリオの方が「夏の陣」よりゲーム上の勝敗バランスの取れた展開になるものと勝手に思い込んでいた。しかし、前回の対戦でこの思い込みは変化する。そこで、追加のIFユニット(真田昌幸、宇喜多秀家、福島正則)を導入せずに、大坂方がゲーム上の勝利を収める可能性を探るべく、今回は「大坂夏の陣」をソロプレイしてみたい。

○天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂夏の陣」
 慶長20年。冬の陣の和議により、大坂城は堀を埋められ裸城となった。しかも、徳川方は和議の条件を無視して、大坂城の明け渡しか、牢人衆の追放という、無理難題を豊臣方に突き付けた。豊臣方がこれを拒否すると、徳川方は豊臣家を滅亡に追い込むべく再度、兵を挙げた。「大坂夏の陣」の始まりである。
~ルールブックより~

1へクス=5km、1ターン=3日、1ユニット=約2500名

b0162202_2212812.jpg

↑↑↑初期配置。冬の陣と異なり「西国」からの関東方の侵攻はない。

b0162202_22121965.jpg

↑↑↑既に徳川家康は20戦力を率いて名古屋に配置されている。

b0162202_22122980.jpg

↑↑↑同じく関東方北陸勢24戦力もマップ上に配置される。大坂方に西国からの圧力が無い分、関東方の兵力集結は冬の陣より早い。

 マップ上の戦力は、大坂方が15ユニット30戦力、関東方は行動制限があったり分散したりしているとはいえ既に41ユニット84戦力となっている。古来「大軍に兵法なし」と言われるが、果たして!?

続く・・・。
[PR]
by slgplayer | 2015-01-07 22:18 | SLG | Comments(0)

天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂冬の陣」を対戦

 今月の対戦は天下布武/GJ「真田軍記」である。このゲームはゲームバランスが悪く、大坂方が勝利する確率はかなり低い事を承知の上で対戦相手は大坂方を希望。そこで、今回もまた関東方を担当する事となった。

 これまでのプレイ経験では関東方の援軍が全て出揃えば大坂方がVP差を幾ら稼いでも数でサドンデス勝利まで持っていけるはずである。そのため大坂方に占領されれば毎ターンVPを献上する事になろうとも京を無理に守る必要はない。最初に両軍がぶつかるのは、宇治川に面する膳所城のあたりになるはずだ。そこで、関東方は膳所城を家康及び北陸の部隊が到着するまで死守する。膳所城は大坂方に包囲されるだろうが、家康隊が到着し膳所城近くに砦を築きでもすれば、大坂方も自由には行動できず戦況も膠着状態となるはず。そうして秀忠隊到着まで時間を稼ぎ、家康隊と秀忠隊の合流後大坂方に決戦を挑む作戦である。西国大名の部隊は積極的に行動し、大坂方の兵力を分散させてくれる事を期待。

慶長19年10月7日~28日ターン:大坂方は、真田幸村、毛利勝永らの部隊によって大坂城周辺の城及び堺を電撃的に攻略し、京への回廊を完成させる。また、木村重成が堺・岸和田方面へ、後藤又兵衛が大和へ向かい関東方の城を次々と攻略。長宗我部盛親の部隊は西進し摂津・播磨方面へ向かう。
 関東方は、二条城の板倉勝重と上野城から強行軍にて駆けつけた藤堂高虎を膳所城に籠城させ、家康の到着を待つ。大坂方は近江へ侵入し膳所城を包囲。その頃、北陸より到着した松平・前田勢と合流した徳川家康は、膳所城近くの日野川沿いに砦を築き大坂方を牽制。

慶長19年11月1日~11月13日ターン:膳所城は大坂方に包囲されるが、なんとか耐える(包囲レベルは「2」まで上昇)。大坂方が関東方との決戦を躊躇している間に徳川家康は秀忠の率いる部隊と合流。徳川家康率いる兵力は総勢10万となった。大坂方は後藤又兵衛を大和から近江へ向かわせると共に、できるだけ多くの兵を膳所城包囲中の大坂方軍勢へ送る事で対抗し、その兵力は3万2000となった。長宗我部盛親は摂津にて関東方西国大名の部隊に拘束され動けず。
 膳所城を包囲中の大坂方の軍勢3万2000に対し、関東方の軍勢9万(部隊の一部を大和方面へ派遣したため)が襲い掛かる。数で圧倒された大坂方は後退。

慶長19年11月16日~11月28日ターン:大坂方は関東方の追撃を受けながらもなんとか大坂城へ帰還し籠城。関東方は京から大坂までの間にある大坂方の城を奪回しながら前進。その際の撤退戦にて大坂方は殿の明石全登が戦死するという大損害を被る。関東方は大坂城を無視し、まずは大坂方の策源地となっている堺を急襲。不意をつかれた大坂方は「お主らは戦争経済を知らぬ!」という淀君の一言で、堺奪回のため大坂城より出陣。大坂方の兵力は補充と摂津より戻った長宗我部元親や大坂城の残存兵力を加えるなどなんとか揃えた4万。その間に関東方も、補充と大和方面の兵力などを集結させ、その兵力は11万6000にまで増大していた。堺を巡って行われたこの戦いで、大坂方は半数の兵力を失い敗北。生き残った兵は大坂城まで撤退し再び籠城。関東方はこれを追い大坂城を包囲した。戦況を挽回する見込みが無くなった大坂方は投了を決断。

b0162202_2318442.jpg

↑↑↑ゲーム終了時。今回も過去の対戦と同様のパターンで関東方が勝利する事となった。大坂方は、大坂城以外には岸和田城が残るのみ。ダイス目も好調で、徳川家康は大坂方との合戦に一度も敗ける事は無かった。そのため、大名の離反が起こらず終盤まで大兵力が維持される。

 今回も含め何度かこのゲームをプレイしたが、すべて同じような展開で最終的に関東方の勝利となっている。このゲームの大坂方に明日はあるのか!?
[PR]
by slgplayer | 2014-12-14 23:36 | SLG | Comments(0)

天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂冬の陣」をソロプレイ⑦

 天下布武/GJ「真田軍記」より「大坂冬の陣」ソロプレイの続きである。関東方との決戦に敗れた大坂方の軍勢は、大坂城まで後退した。ゲーム終了まであと7ターン。このまま関東方が大坂城を攻略するのか、それとも時間切れとなり、これまでVPを大量に稼いだ大坂方が逃げ切るのか、先行きは全く分からなくなってきた。

第22ターン(12/10~12)
大坂方:伏見城が落城。大坂城では軍議が開かれ、籠城戦を主張する大坂方譜代の武将達と、野戦を主張する牢人武将達の間で激論が交わされる。結局、野戦を主張する真田幸村、後藤又兵衛、毛利勝永、明石全登等牢人武将は25000の兵を率いて出撃する事となり、大坂城に残るのは豊臣秀頼以下大野治長・治房、織田有楽など豊臣譜代の武将率いる約20000の軍勢のみとなった。豊臣譜代の武将の中で、播磨の木村重成のみが真田幸村たち牢人武将の意見に従い、大坂城へは向かわず長宗我部勢と共に再び播磨へ進軍。関東方蜂須賀・池田勢約7000に合戦を挑みこれを破る。この戦いで関東方武将蜂須賀至鎮、池田忠継が討死となった。
関東方:蜂須賀・池田勢が壊滅したため、関東方西国大名は姫路城へ後退。この間、藤堂勢が伊賀名張城を、井伊勢は大和龍田城を、そして京極勢は摂津丸山城をそれぞれ包囲した。家康率いる主力部隊は茨木城を攻略し、大坂城を目指し着々と前進。

b0162202_19413979.jpg

↑↑↑第22ターン(12/10~12)終了時の状況。

第23ターン(12/13~15)
大坂方:大和郡山城が落城。大坂城を出た真田幸村他牢人武将の軍勢は、茨木城から大阪城へ向け進軍中の関東方徳川家康の軍勢に攻撃をかける。大坂方は真田・後藤・毛利・明石勢に播磨から強行軍で駆けつけた長宗我部勢を加えた約37000の軍勢。対する関東方は徳川家康率いる軍勢約80000である。

b0162202_19415445.jpg

↑↑↑茨木の戦い。大坂方にとっては苦しい戦いだが、大坂城周辺は野戦には向かない地形のため止む終えず交戦。ダイス目によっては大坂方が勝利を収める事も可能だったのだが…。

戦いの結果、大坂方の損害は11000。これに対し関東方は17000の損害を被る。これによって両軍同時に全ユニットステップロス状態となり、両軍とも同時に退却。引き分けの結果となった。この戦いで大坂方武将湯浅正寿、生駒正純が討死。

関東方:家康は最低限の補充を受けると、退却した大坂方軍勢を追う。尼崎にて大坂方の軍勢を捕捉した家康はこれに合戦を挑む。大坂方は家康が攻勢に出るとは予想しておらず、この攻撃完全な奇襲となった。関東方の損害僅かに1000。これに対し大坂方は6000の損害を受けてしまう。この戦いで大坂方武将名島忠統、北川宣勝など計6名の武将が討死となった。大坂方軍勢を敗走させた家康は尼ヶ崎城を攻略。

b0162202_19423299.jpg

↑↑↑尼崎の戦い。関東方の奇襲攻撃により大坂方は敗走。

b0162202_19425318.jpg

↑↑↑第23ターン(12/13~15)終了時の状況。

第24ターン(12/16~18)
大坂方:龍田城が落城。今度は大坂方が最低限の補充を受け取ると、尼ヶ崎の徳川家康の軍勢を攻撃。大坂方の兵力19000に対し関東方は兵力54000。見た目の戦力差とは裏腹に、両軍ともにほとんどがステップロスのユニットであり、前のターンとは逆の結果も十分に考えられる状況である。戦いの結果は双方3000の損害。またしても引き分けとなり両軍同時後退となった。
関東方:再び補充を受けた徳川家康の軍勢は遂に大坂城を包囲下とした。大和では井伊・山内勢約10000が、大坂方面への突破を図ろうとする薄田勢約5000を攻撃し勝利を収める。この戦いで大坂方薄田兼相、萩野道喜が討死。これにより、大和方面の大坂方兵力は壊滅となった。

b0162202_1943642.jpg

↑↑↑大坂城を包囲する徳川家康の軍勢。

第25ターン(12/19~21)
大坂方:総大将が籠城しているため、かなり持ち応えると思われた大坂城の包囲レベルがあっさり『1』に上昇。真田幸村は大坂城救出の望みが断たれた事を感じ取る。とり合えず、関東方の補給線遮断するための第一歩として尼ヶ崎城を攻略した。
関東方:天下の名城たる大坂城を強襲するには戦力が不足しているため、包囲を継続。各地の関東方軍勢も活発に活動。西国大名勢は、姫路城より出撃し高砂城へ向かう。井伊・山内勢は、大坂方の策源地となっている堺へ向け進軍。京極勢は、大坂方の攻撃に備え茨木城へ入城した。

b0162202_19432263.jpg

↑↑↑第25ターン(12/19~21)終了時の状況。

第26ターン(12/22~24)
大坂方:大坂城の士気は低く、包囲レベルは『2』に上昇。最終ターンまであと2ターン。包囲にたえられるか微妙になってきた。大和秋山城が落城。真田幸村は自らの軍勢約10000を率いて尼崎城より出撃。堺へ向かう関東方軍勢の迎撃を試みる。これを知った関東方は真田勢到着前に堺を占領しようと攻撃を強行。堺を守備していた大坂方中島氏種は討死。そこへ強行軍を重ねた真田勢が到着し、関東方軍勢の背後より攻撃を開始した。関東方井伊・山内勢は堪らず敗走。

b0162202_19433575.jpg

↑↑↑堺を攻撃する関東方の軍勢と、それを背後より奇襲する真田勢。

 この間に、真田勢を除いた尼崎城の大坂方軍勢が、茨木城へ進軍しこれを包囲した。

関東方:堺攻略に失敗した井伊・山内勢は、大和・河内国境の国分まで後退し、態勢の立て直しを図る。しかし、真田勢がこれを追撃。結局、龍田城まで後退することとなった。これにより、大坂城を包囲中の徳川家康の軍勢は、補給切れ状態となってしまった。

b0162202_19440100.jpg

↑↑↑第26ターン(12/22~24)終了時の状況。真田幸村、後藤又兵衛らの活躍で、大坂城包囲中の関東方大軍勢が補給切れとなった。

第27ターン(12/25~27)
大坂方:大坂城を包囲中の徳川家康の軍勢が、補給切れ状態となった事により、大坂方にも野戦で家康に勝利する可能性が出てきた。しかし、大坂城の落城チェックのダイス目は、無常にも『1』。大坂城は落城し、関東方の決定的な勝利となった。

b0162202_19441234.jpg

↑↑↑第27ターン(12/25~27)、この日の早朝、家康が大坂城攻略のために用意した大筒100門が一斉に砲撃を開始。その京にまで届くその砲声と、大坂城奥御殿まで届いた砲弾により、大坂城の実質的な主である淀君は戦意を喪失。僅か半日の砲撃で天下の名城大坂城も遂に落城となった。

 結果的には関東方の決定的な勝利となったが、ここまで関東方は大分幸運の女神に助けられている印象だ。総大将が籠城する城がこうもあっさり落城する事は、まず有り得ないからだ。そうなると、実は大坂方が勝利を収める可能性は、「夏の陣」のシナリオに比べ格段に高いと思われる。これを確かめるためにも、来年こそはこのゲームを対戦してみたいものだ。
[PR]
by slgplayer | 2012-12-27 20:01 | SLG | Comments(0)