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今月の対戦

 今月の対戦は、先日CMJより復活を果たしたSSシリーズの「皇帝ナポレオン」。SSシリーズという事で、1度の対戦が比較的短時間で終わるゲームのため、終了後は担当を入れ替え再戦した。

1戦目
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↑↑↑連合軍を担当。ナポレオンは、ほぼ既定路線通りオーストリア、プロイセンを降伏させる。しかし、ナポレオンは焦土戦術と冬季損耗を恐れてかロシア本国に攻め込むタイミングが中々掴めない。そのうちにスペインがフランスに対し宣戦。ナポレオンは、スルトとネイに本国の守りを任せ、自らはダヴーと共にロシア遠征へ出発。ポーランドでロシア軍と戦うナポレオン率いるフランス軍。その隙を突くようにオーストリアがフランスに対し宣戦布告。1809年、北イタリアでネイがオーストリア軍に敗北。ポーランドで孤立したナポレオンもロシア軍の猛攻により壊滅。1810年、連合軍各国は雪崩をうってフランス国内へ侵攻。ナポレオンは再び破れ退位する。1811年、エルバ島より帰還したナポレオンは、再起を賭けてオランダへ侵攻するが、イギリス及びプロイセン連合軍がこれを撃破し、連合国側の勝利となった。

2戦目
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↑↑↑フランス軍を担当。序盤の展開はほぼ同じ。1810年、オーストリアとプロイセンとの講和を果たしたナポレオンは、新たに交戦状態となったスペインへ侵攻。ナポレオンは、スペインにおいても連戦連勝。1811年、ポルトガルのイギリス軍橋頭堡を撃破し、スペインとの講和に成功。1812年、ナポレオンは最大戦力にてロシアへ侵攻。こちらも最大戦力で迎え撃ったロシア軍は、ポーランドで一戦したのち焦土戦術を使い本国へ後退。勝利の誘惑にかられたナポレオンはロシア軍を追撃し、ロシア本国へ侵攻。フランス軍15戦力対ロシア軍14戦力による決戦おいて、ダイス目に見放されたナポレオンは敗北し、会戦による損害と損耗により僅か1戦力となり敗走。その後ロシア軍の追撃を受けフランス軍は壊滅。1813年、命からがらフランスへ戻ったナポレオンに対し、各大国はフランスに対し一斉に宣戦布告。フランス国内戦役においてナポレオンは再び敗北し退位。1814年、エルバ島より帰還したナポレオンは、再起を賭けてオランダへ侵攻するが、1戦目同様にイギリス及びプロイセン連合軍に敗れ、フランスの敗北となった。

オマケ
 「皇帝ナポレオン」終了後、時間があったのでSSシリーズの「信玄vs謙信~川中島血戦~」を対戦。先日、調子に乗るJr.が「お父さんの友達とこのゲームを対戦してみたい」と挑戦状を叩きつけたところのゲーム。

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↑↑↑担当は上杉方。中盤まではいい具合に武田方本隊を半包囲状態とするが、上杉方右翼を担う村上義清の部隊が撃破されてしまい、信玄を取り逃がす。最終ターン終了時、両軍の損害は、上杉方8ユニットに対し武田方12ユニットということで、上杉方の勝利となった。
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by slgplayer | 2014-11-13 18:36 | SLG | Comments(0)

翔企画「皇帝ナポレオン」を再びソロプレイ③

 翔企画「皇帝ナポレオン」再ソロプレイの続きである。オーストリア、プロイセンとの講和が成立し、残るフランスの敵はロシアとイギリス、そしてスペインの3カ国となった。オーストリア、プロイセンの敵対レベルが上昇し再び戦争状態となるには、ナポレオンが勝ち続ける限り少なくても3~4ターンが必要。その間にスペインとロシアを降伏させればフランスの勝利となる。ちなみに、選択ルールである海軍を使用しない限り、イギリスとフランスが講和を結ぶことはない。

1811年:オーストリアのカールが失意の内に退場し、代わりにシュワルツェンベルグが登場。外交フェイズの結果、敵対レベルはオーストリア「1」、プロイセン「-1」、ロシア「4」、スペイン「4」。フランスの外交努力が実り、プロイセンとフランスが同盟状態となった。
 オーストリアとプロイセンがフランスとの講和・同盟状態にあるためロシア軍はポーランドから東に進む事ができないという状況にナポレオンはスペイン侵攻を決意する。ナポレオン自らフランス・プロイセン連合軍18戦力を率いてスペインへ侵攻。ウェリントン率いるイギリス・スペイン連合軍9戦力がこれを迎え撃つ。フランス軍は、毎戦闘ラウンド2戦力づつ補充されるスペイン軍に苦戦し、6戦力を失いながらも勝利を収める。

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↑↑↑スペイン戦役。スペイン軍は戦闘ラウンド毎に2戦力が復活する上に、戦闘ラウンドは6ラウンドで強制終了となる。しかも、除去されたスペイン軍ユニットは、すべて連合軍支配下のポルトガルかスペインエリアに復活する。

ウェリントンはポルトガルへ退却し、ナポレオンもこれを追う。第2戦闘フェイズにてイギリス・スペイン連合軍7戦力(ここでもスペイン軍は毎ラウンド2戦力が補充される)と決戦。これに勝利し、ポルトガルのイギリス軍橋頭堡を粉砕。スペインとフランスの間には講和が結ばれた。

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↑↑↑ポルトガル戦役。ナポレオンのダイス目が冴え、フランス軍が勝利を収める。

1812年:外交フェイズの結果、敵対レベルはオーストリア「0」、プロイセン「1」、ロシア「4」、スペイン「1」。ナポレオンがフランス本国不在であるにもかかわらず、3カ国が講和・同盟状態となったためか敵対レベルの上昇は鈍い。プロイセンがフランスとの同盟状態を解消し講和状態となる。
 フランス軍は本国へ帰還し、最後の敵であるロシアへの遠征準備にとりかかる。フランス軍が去ったポルトガルにはウェリントンが1戦力を率いて再上陸を果たす。しかし、スペインが講和状態となっているためそれ以上進軍できず。

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↑↑↑1812年ターン終了時の状況。ナポレオンはフランス本国に帰還し、ロシア遠征の準備を行う。

1813年:ロシアのクトゥーゾフが退場し、代わりにヴィトゲンシュタインが登場。外交フェイズの結果、敵対レベルはオーストリア「1」、プロイセン「1」、ロシア「4」、スペイン「2」。オーストリア、プロイセン、スペインが参戦するにはまだ時間を要する見込みである。今がチャンス!フランス軍は動員力一杯の20戦力にてロシア遠征を開始する。

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↑↑↑ナポレオンは、満を持してロシア遠征を開始。

 バルクライ率いるロシア軍12戦力は、まずポーランドで一戦したのち焦土戦術を使いロシア本国へ後退。この戦闘の損失は、ナポレオンのダイス目が冴えフランス軍1戦力に対しロシア軍4戦力。後退するロシア軍を追いフランス軍はロシア本国エリアへ侵攻。焦土戦術による消耗は5戦力。ロシア本国にてバルクライ率いるロシア軍8戦力とナポレオン率いるフランス軍14戦力が決戦。フランス軍は毎ターンの追加損失に苦しみながらなんとか勝利を収める。フランス軍の損害は9戦力。

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↑↑↑ロシア本国における決戦。フランス軍が数の力でロシア軍をねじ伏せた。
 
 ロシアは本国を占領された事によりフランスと講和状態となった。こうして、オーストリア、プロイセン、スペインそしてロシアと、4つの大国と同時に講和状態とした事によりフランスの勝利が決定した。

 こうして、翔企画「皇帝ナポレオン」2回目のソロプレイは、フランスの勝利となって終了。フランス軍のダイス目が幸運だった事もあり、フランス側としてはほぼ理想的な展開だったと思う。対する対フランス連合国側は、スペインの参戦に手間取ったのが敗因と思われる。オーストリア、プロイセン、スペインの足並みが乱れた事により、フランス軍に兵力の分散を強いる事ができず、結果、ナポレオンによる各個撃破を許してしまった。

 エリア数が少ないため、ワンパターン(発売当時はこう評する人も一定数いた)になりがちなゲームではあるが、やはり短い時間でナポレオン戦争全体をプレイできるこのゲームは貴重だ。こういうゲームがあると、よく言われるナポレオニックに対するハードルも大分下がるだろうなと思いつつ、今は再版の正式発表を待っている状態。
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by slgplayer | 2014-02-05 19:08 | SLG | Comments(0)

翔企画「皇帝ナポレオン」を再びソロプレイ②

 少々寄り道をしてしまったが、再び翔企画「皇帝ナポレオン」再ソロプレイの続きである。このゲームの戦闘システムはいわゆる「6出ろシステム」。戦力分のダイスを振り、「6」の目が出た分だけ相手に損害を与えられるという、今ではすっかりお馴染みのシステムである。そのお馴染みのシステムとこのゲームの指揮官ルール(振れるダイス数に制限があったり、各ダイス目に修正が加えられたり)が合わさり、ナポレオ戦争らしさを生み出している。

1808年:プロイセンのブラウンシュヴァイクが退場し、代わりにブリュッヒャーが登場。これによりプロイセンの戦闘力はかなりアップ。外交フェイズの結果、敵対レベルはオーストリア「3」、プロイセン「3」、ロシア「4」、スペイン「2」となり、既に参戦状態にあるロシアとイギリスを除きすべての国で「1」づつ上昇。このままでは、列強各国が一斉にフランスに対し宣戦を布告する事になってしまうと考えたナポレオンは、9戦力を率いてポーランドへ進軍。その際、プロイセン国内を通過する事により敵対レベルを刺激するが、プロイセンは参戦せず。ポーランドに駐留していたバルクライ率いるロシア軍4戦力は、前々年同様に1ラウンドの戦闘の後焦土戦術を使いロシア本国へと退却。ナポレオンは深追いを避けフランス本国へと帰還。帰路再びプロイセンの敵対レベルを刺激するが、プロイセンは参戦せず。

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↑↑↑1808年ターン終了時の状況。ナポレオンは、ロシア軍を追い再びポーランドへ侵攻するが、ロシア軍はまたしても焦土戦術を使い本国エリアへ後退。結局、前のターンとなんら状況に変化なし。

1809年:タレイランの外交努力も空しく、各国の敵対レベルは上昇。オーストリア「4」、プロイセン「4」、ロシア「4」、スペイン「3」となる。オーストリアとプロイセンが再びフランスに宣戦布告。こうしてロシア、イギリス、プロイセン、オーストリア4ヶ国による対仏大同盟が結成される。オーストリア、プロイセン、ロシアの各国軍はフランスへ向け進軍を開始。カール率いるオーストリア軍8戦力はイタリアへ侵入。これと同時に、ブリュッヒャー率いるプロイセン軍3戦力+バルクライ率いるロシア軍6戦力はライン連邦へ侵入した。また、その後方にはロシア本国よりクトゥーゾフ率いる5戦力がプロイセンまで進軍している。これに対し、ナポレオンはフランス軍を3つに分けこれに対応。スルト率いる4戦力がライン連邦、ダヴー率いる7戦力がイタリアにて敵軍を拘束し時間稼ぎを行う。その間にナポレオン率いる9戦力がオランダ経由にてプロイセン本国へ侵攻し、クトゥーゾフ率いるロシア軍5戦力を攻撃する。

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↑↑↑配下の諸将が時間を稼ぐ間に、ナポレオンはまずプロイセン本国エリアへ侵攻。

 ライン連邦とイタリアの戦いは、数に劣るフランス軍が1ラウンドの戦闘を行い後退。プロイセン本国では、ナポレオンの奇襲攻撃をうけたロシア軍が1ラウンドの戦闘で4戦力を損失するという大打撃を受けポーランドへ敗走。本国エリアを占領されたプロイセンはフランスとの間に単独講和を結び対仏大同盟より脱落。
 プロイセンを脱落させたナポレオンは怒涛の進撃を開始。オランダからフランス本国を経由しイタリアのオーストリア軍と対決する。プロイセン軍が帰国し、ライン連邦に残るバルクライ率いるロシア軍6戦力は、ダヴー率いる4戦力に拘束され移動できず。不利を悟ったカールとバルクライは、1ラウンドの戦闘の後オーストリア本国エリアへ後退。こうしてフランスの危機はひとまず去った。

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↑↑↑1809年ターン終了時の状況。ナポレオンの機動防御作戦により、連合軍は敗退。フランスの危機はひとまず去った。

1810年:ナポレオンは、ジョセフィーヌと離婚ののちオーストリア皇女マリー・ルイーズと結婚。これにより次のターンより、オーストリアの敵対レベル判定に上昇に「-1」のダイス目修正が加わる。イギリスのムーアが退場し、代わりにウェリントンが登場。外交フェイズの結果は、敵対レベルはオーストリア「4」、プロイセン「0」、ロシア「4」、スペイン「4」。これまで沈黙を続けてきたスペインがようやくフランスに対し宣戦を布告。オーストリア軍とロシア軍はオーストリア本国エリアに集結し、その数は合計15戦力となった。ナポレオンは、ダヴー率いる4戦力にフランス本国の守りを任せ、自身はスルト+ネイ合計12戦力と共にオーストリアへ侵攻。オーストリア・ロシア連合軍に決戦を挑む。この決戦において、フランス軍は5戦力の損失でオーストリア・ロシア連合軍12戦力は撃破する大勝利を収める。オーストリアは降伏し、フランスとの間に講和条約が結ばれる。残ったロシア軍3戦力はポーランドへ退却。ナポレオンはロシア軍の追撃を行わず、フランス本国へ帰還した。

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↑↑↑オーストリア本国における決戦。1805年戦役の再来となり、フランス軍の圧倒的勝利に終わる。

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↑↑↑1810年ターン終了時の状況。次の戦場はスペイン。

続く・・・。
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by slgplayer | 2014-02-03 18:49 | SLG | Comments(0)

翔企画「皇帝ナポレオン」を再びソロプレイ①

 前回、翔企画「皇帝ナポレオン」を久々にソロプレイした結果、僅か4年でナポレオンは皇帝の座を退く事になってしまった。このまま終わってしまうのは非常に物足りないので、再びソロプレイを行う。今度はもうちょっと慎重に。

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↑↑↑初期配置。今回はもっと慎重に。

1805年:フランス軍は、皇帝ナポレオン自身+ダヴー合計12戦力でオーストリアへ侵攻。オーストリア軍は前回同様にロシアよりの援軍を加えた合計12戦力でこれを迎え撃つ。フランス軍は2戦力の損害にてこれを撃破。

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↑↑↑アウステルリッツの戦い。ナポレオンは、2戦力の損失でオーストリア・ロシア連合軍を撃破。

 フランスとオーストリア軍の間には講和が結ばれ、残存するクトゥーゾフ率いるロシア軍4戦力は、ポーランドへ後退。フランス軍は、ロシア軍を追撃せず本国へ帰還。

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↑↑↑1805年ターン終了時の状況。ナポレオンは無理をせず、プロイセン戦に備えるため本国へ帰還。

1806年:外交フェイズの結果、敵対レベルはオーストリア「1」、プロイセン「4」、ロシア「4」、スペイン「1」となった。イギリスの誘いに乗ったプロイセンがフランスに対し宣戦布告。クトゥーゾフに率いられたロシア軍7戦力が援軍としてプロイセンへ移動。プロイセン軍と合流し合計14戦力。フランス軍は、ナポレオン他合計13戦力にてプロイセンへ侵攻。激戦の末、ロシア・プロイセン連合軍を撃破する。フランス軍の損害は5戦力。

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↑↑↑イエナ~アイラウの戦い。フランス軍は、新たに参戦したプロイセン軍を撃破。

 フランスとプロイセンの間には講和が結ばれる。生き残ったロシア軍3戦力はポーランドへ退却。ナポレオンは自ら8戦力を率いてこれを追撃。一方のロシア軍は、新たにバルクライの本国部隊4戦力と合流し合計7戦力。未だ決戦の時では無いと判断したクトゥーゾフは、1ラウンドの戦闘の後焦土戦術を使用しロシア本国へ退却。

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↑↑↑フリートラントの戦い。プロイセン国内での戦いに敗北したロシア軍はポーランドへ退却。フランス軍の追撃を受けたロシア軍は、焦土戦術を使い本国へ退却。

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↑↑↑1806年ターン終了時の状況。フランス軍は無理をせずロシア軍の追撃を中止。

1807年:外交フェイズの結果、敵対レベルはオーストリア「2」、プロイセン「2」、ロシア「4」、スペイン「1」。ナポレオンは、ポーランドを後にしフランス本国へ帰還。戦力の回復を図る。ロシアも同様。こうして、ヨーロッパには束の間の平和が訪れたかに思えた。

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↑↑↑1807年ターン終了時の状況。各国ともに戦力の回復を図る。ヨーロッパに束の間の平和が訪れた。

続く・・・。
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by slgplayer | 2014-01-31 19:45 | SLG | Comments(0)

翔企画「皇帝ナポレオン」をソロプレイ②

 1805年~1815年におけるナポレオン戦争を1ターン=1年で再現した翔企画「皇帝ナポレオン」ソロプレイの続きである。1805年にオーストリア・ロシア連合軍を撃破したナポレオンは、その勢いのまま退却するロシア軍を追いポーランドへ。しかし、翌1806年にプロイセンがフランスに対し宣戦布告。ポーランドに孤立したナポレオンは、自身の部隊とフランス本国の部隊によりプロイセン軍の挟撃を図る。ナポレオンのこの計画は、ロシア軍の逆襲により失敗。消耗したフランス軍はどうにかフランス国境付近まで後退。ナポレオンが皇帝となって2年目、はやくも帝国に危機が訪れる。

1807年:プロイセンの勝利によって勇気付けられたオーストリアが再びフランスに対し宣戦布告。ナポレオンは、フランス本国でロシア・オーストリア・プロイセンの全軍をまとめて相手にするか、それとも国境でギリギリの戦闘を行い各個撃破を狙うか、決断を迫られる。ナポレオンは後者を選択。各部隊を国境地帯に進軍させる。しかし、連合軍の戦力は思った以上に豊富であり、ネイはオランダにてブラウンシュヴァイク率いるプロイセン軍に、ダヴーはイタリアにてマック率いるオーストリア軍に、そして、ナポレオンはライン連邦にてカール率いるオーストリア軍によって拘束されてしまう。その間にプロイセンに進駐していたロシア軍がフランス本国に侵入。フランスは連合軍に降伏し、ナポレオンは退位。その後、地中海のエルバ島へ流される事となった。

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↑↑↑1807年ターンの状況。フランス軍は国境地帯に釘付けとなり、その隙にロシア軍がパリへ進軍。ナポレオンは皇帝の座を追われ、地中海のエルバ島へ流刑の身となった。

1808年:ナポレオンは密かにエルバ島から脱出。フランス本国に帰還し皇帝の座に返り咲いた。大動員を実施し5戦力を得たナポレオンは、そのうち4戦力を率いてオランダへ侵攻。イギリス・プロイセン軍を奇襲・撃破する。

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↑↑↑オランダへ侵攻するナポレオン。電撃的な奇襲によりイギリス・プロイセン軍を撃破することに成功。

 オーストリア軍は未だ再建途上であったため本国の防御で手一杯。クトゥーゾフが率いるロシア軍10戦力がフランス本国へ侵攻。オランダで勝利を収めたナポレオンは、すぐさまフランス本国へ移動しロシア軍を迎撃する。パリ近郊にてフランス軍5戦力とロシア軍10戦力が激突。

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↑↑↑ロシア軍10戦力がフランス本国へ侵攻。ナポレオンは半分の戦力でこれを迎撃し、1発逆転を狙うが・・・。

 約2倍の敵軍を相手にフランス軍は善戦。ロシア軍に6戦力の損害を与えるが、ナポレオンに1805年当時の輝きは既に無くフランス軍も力尽き壊滅。ナポレオンは再び皇帝の座を追われ、大西洋の孤島セント・ヘレナへ流される事となった。

 ターントラックは1818年まで用意してあるにもかかわらず、僅か4ターンで終了してしまった。やはり、ゲームは小振りであるが故に1回の手番が非常に重い。今回は、1805年ターンのナポレオンによるポーランド遠征が失敗の原因か?これは是非もう一度試してみなければ!
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by slgplayer | 2014-01-30 18:37 | SLG | Comments(0)

翔企画「皇帝ナポレオン」をソロプレイ①

 昨年末から年始にかけてWW2のSLGをソロプレイしてきたので、ここいらで少し時代を戻してナポレオンモノのSLGを幾つかソロってみたいと思う。

 最初のアイテムは、今年CMJより再版が噂されている翔企画の「皇帝ナポレオン」を選択。このゲームは1805年~1815年におけるいわゆるナポレオン戦争を1ターン=1年で再現した戦略級ゲームである。SSシリーズというだけあって、ナポレオン戦争を数時間で再現できる優れもの。外交、指揮官、フランス軍の機動力、ロシアの焦土戦術と冬将軍、スペインのゲリラ戦などから、ジョセフィーヌとマリー・ルイーズまでナポレオン戦争に登場するキーワードが一通り詰め込まれている。それでいてルールは短く、手ごたえも十分なゲームである。

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↑↑↑初期配置。10+1(イギリス)個のエリアに区切られたゲームマップ。エリアが少ない分1手1手に慎重を要する。今回選択ルール(海軍)は使用していない。

ゲーム手順は以下の通り

①外交フェイズ
②軍動員フェイズ
③連合軍第1移動フェイズ
④フランス軍第1移動フェイズ
⑤第1戦闘フェイズ
⑥第1エリア支配者確認フェイズ
⑦フランス軍第2移動フェイズ
⑧連合軍第2移動フェイズ
⑨第2戦闘フェイズ
⑩第2エリア支配者確認フェイズ
⑪ターン更新

 一見、移動と戦闘を2回繰り返すように見えるが、第1移動フェイズと第2移動フェイズで移動する順番が逆になっている所がポイント。同一エリアの戦力が敵軍の1/3あればその移動を拘束する事が可能なため、移動する順番は非常に重要である。部隊の移動力はオーストリア軍とプロイセン軍、スペイン軍が1エリアなのに対し、フランス軍、イギリス軍とロシア軍は2エリア移動可能。ナポレオンのみ3エリアの移動が可能となっている。
 勝利条件は、フランス軍ならイギリスを除く4カ国(オーストリア、プロイセン、ロシア、スペイン)と講和状態になっている事。連合軍ならフランス本国を2回支配し、ナポレオンをエルバ島に島流しにする事。フランス軍の勝利条件達成は中々困難と言える。

1805年:フランスに敵対しているのはイギリス、オーストリア、ロシアの3カ国。フランス軍の侵攻にう備え、クトゥーゾフに率いられた4戦力のロシア軍がオーストリアへの増援部隊として進軍。また、バルクライ率いる4戦力が後詰としてポーランドへ移動。フランス軍は、ナポレオン+スルトがフランス国内の全戦力14戦力を率いてオーストリアへ侵攻。フランス軍14戦力対オーストリア・ロシア連合軍12戦力がオーストリア本国エリアにて大会戦。フランス軍損害4戦力に対し連合軍の損害は8戦力。これによりオーストリア軍は壊滅。残存するロシア軍4戦力はポーランドへ退却し、バルクライと合流。オーストリアとフランスは講和状態となった。
 後退したロシア軍を追いナポレオンは10戦力を率いポーランドへ侵攻。ロシア軍は戦意に乏しく1ラウンドの戦闘の後にロシア本国へ退却。フランス軍の損害は1戦力。ロシア軍は退却の際焦土作戦を実施。

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↑↑↑1805年ターン終了時の状況。ナポレオンは後退するロシア軍を追いポーランドへ。ロシア軍はフランス軍の侵攻に対し焦土戦術で対抗。

1806年:オーストリアと講和が成立したものの、イギリスの誘いにのり新たにプロイセンがフランスに対し宣戦布告。フランスの外交努力によりスペインの敵対レベルは「1」のまま。
 プロイセンとフランスが交戦状態になっため、ナポレオン+フランス軍9戦力はポーランドで孤立してしまう。ロシアはこの好機を逃さずクトゥーゾフ率いる6戦力がポーランドへ侵入。このため、ポーランドのフランス軍はロシア軍によって拘束され、クトゥーゾフとの対決を余儀なくされる。プロイセン軍は、フランス本国よりの増援を阻止するため移動せず、ポーランドにおける戦闘を見守る。フランス本国に取り残されたフランス軍指揮官たちは、ナポレオンの勝利を信じプロイセン侵攻の準備を行う。ポーランドにおける戦いは、当初ロシア軍のダイス目が冴えフランス軍を後1歩で壊滅させる所まで追い込むものの力及ばず。ロシア軍は5戦力を失いロシア本国エリアへ退却。一方のフランス軍は7戦力を失った。
 ポーランドでギリギリの勝利を収めたナポレオンは残った2戦力を率いプロイセンへ侵入。これに呼応し、フランス本国よりネイが4戦力を率いプロイセンへ侵攻しナポレオンと合流。フランス軍のこの動きに対し、前の戦いでロシア本国に後退したクトゥーゾフが、本国に残る全ロシア軍3戦力を率いてプロイセンへ急行した。こうして、ナポレオンに率いられたフランス軍6戦力とプロイセン軍+ロシア軍10戦力が決戦。戦いは両軍同数(各4戦力の損失)の損害。このため元々数に劣るフランス軍はライン連邦エリアに退却。フランス軍退却の報にスペイン及びオーストリアの敵対レベルがそれぞれ2と3に上昇(敵対レベルが4に上昇すればフランスに対し宣戦布告となる)。

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↑↑↑どうにかライン連邦まで退却してきたナポレオン。遠征軍は大半の戦力を失い、ナポレオンが皇帝となって2年目ではやくも帝国に危機が訪れる。

続く・・・。
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by slgplayer | 2014-01-28 17:28 | SLG | Comments(0)