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WGJ「会津戊辰戦争」&CMJ「ノモンハン 1939」を対戦

 対戦相手がインフルエンザということで、延び延びになっていた対戦がようやく実現した。今回のお題は、予てからの予定通りコマンドマガジンおよびウォーゲーム日本史の新作付録ゲームである。

○WGJ「会津戊辰戦争」
 自分が福島県出身ということで東軍を担当。今年の大河ドラマ「八重の桜」の話題を絡めながら(対戦相手は、今年の大河ドラマを観ていないとの事なので、自分が一方的にしゃべっただけ)の対戦となった。

序盤:西軍は、東軍の同盟諸藩を寝返らせ北陸道より進軍。村松まで進んだ所で東軍指揮官佐川官兵衛率いる部隊の迎撃を受ける。西軍はこれをあっさり撃破。東軍は津川へ退却した。その間に東軍は会津若松市街の防備を固める。次に西軍は、地形効果を無視できる「機略」のカードを使い白河を攻略。
中盤:米沢藩が参戦。東軍は、それに加え十六橋の破壊にも成功。西軍は棚倉藩を寝返らせた後、大平口の東軍を攻撃。これを敗走させ会津若松に迫る。
終盤:米沢藩の援軍が会津若松城下に到着し、東軍の防備は益々固くなる。東軍の大部隊を見て、西軍が躊躇する間に二本松藩兵が、西軍支配下となっていた郡山を攻略。白河を奪回される事を恐れた西軍は一隊を差し向け二本松藩兵の部隊を撃破。そうこうしているうちにカードが無くなりゲーム終了。西軍VP「2」、東軍士気「2」と言う事で東軍の勝利となった。

b0162202_1814834.jpg

↑↑↑ゲーム終了時の状況。西軍プレーヤーは、最大の敵が「時間」である事を痛感したはず。イベントカードによるため、米沢のVPはあてにできない。そのため勝利得点エリアの占領で得ることの出来るVPは限られる。そうなると、史実でもそうだったように、やはり西軍は一見綱渡りのような電撃的進軍を行い、出来るだけ早く会津若松を占領し毎ターン東軍の士気を下げるようにしなければならないようだ。東軍は戦闘で勝利するのは難しいので、西軍が一旦占領した勝利得点エリアを隙あらば奪回できる位置に部隊を機動させ、西軍が時間を浪費するよう心がけなければならないと思われる。

○CMJ「ノモンハン1939」
 「会津戊辰戦争」の次に対戦したのは、「ノモンハン1939」である。お互い事前に試してみた感じでは、「日本軍不利なんじゃね?」と感想は双方同様のものだった。今回は、対戦相手が日本軍を熱望したため自分はソ連軍を担当する事となった。

序盤:小林支隊は、コマツ台地へ突進できる態勢を維持しつつ、ソ連軍の増援登場へクスを塞ぎながら展開。その間に満州国境より侵入した部隊がハルハ河~ホルステン川に点在する高地を攻撃。ソ連軍を敗走させながら752・757高地を占領。ソ連軍は小林支隊の行動を妨害すると同時に、日本軍迎撃のためハルハ河東岸へ続々と部隊を送り込んだ。
中盤:ハルハ河東岸の日本軍は、ソ連軍の大部隊との戦闘に苦戦。ソ連軍のダイス目も好調だったため、ソ連軍のモラルは中々下がらず逆に日本軍のモラルはどんどん低下する。ソ連軍がハルハ河東岸に部隊を集中させたために、小林支隊前面は逆に手薄になっているとみた日本軍は、小林支隊にコマツ台地へ向かっての前進を命じる。
終盤:コマツ台地に向かいオーバーランを繰り返し突進する小林支隊であったが、ソ連軍の増援部隊が続々登場し行く手を阻む。それでも日本軍は突進を繰り返し、なんとかコマツ台地の麓まで前進。しかし、その間にハルハ河東岸の日本軍はソ連軍戦車部隊を相手に大苦戦。これを反映するかのように日本軍のモラルは益々低下していく。最終ターンを待たず日本軍のモラルは「0」となり、ソ連軍の勝利が決定。

b0162202_1814269.jpg

↑↑↑第7ターン、ゲーム終了時の状況。ソ連軍はダイス目に恵まれ、終了時のモラルは「25」。本誌の記事にもあったように、日本軍がコマツ台地を攻略してのサドンデスはやはり無理があったようだ。ソ連軍も小林支隊を阻止する部隊がもっと少なかったら、日本軍の突破を許していたかもしれず、ある意味ギリギリ阻止できた感じである。しかし、これは経験を積めばどの程度の戦力を振り向けるか分かってくるだろう。
 日本軍は序盤のうちに小林支隊をある程度撤退させ、ハルハ河東岸に部隊を投入した方がいいようだ。しかも、それらの部隊は、ホルステン川の更に東側を南下させ780・791高地を目指す方がいいかもしれない。

次の対戦は、WWII戦術級SLGの予定。
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by slgplayer | 2013-02-19 18:44 | SLG | Comments(4)

WGJ「会津戊辰戦争」を試してみる

 そういえば、年末年始に帰省した際、今年の大河ドラマの主人公「新島八重」の戊辰戦争における活躍について書かれた無料配布の小冊子を読む機会があった。うろ覚えだが、鶴ヶ城に砲撃を加える薩長軍に対し、大砲を指揮して対砲兵射撃を加え、それによって薩長軍が損害を受けたらしき記述があったのだが、大河ドラマでもそんなシーンがあるのだろうか?
 
 気になっているのだが、大河ドラマ「八重の桜」で、会津の象徴とも言える磐梯山が何度か出てきていたが、戊辰戦争は噴火前なので、現在とはかなり形が異なるはず。劇中では、特に修正もないまま現在の磐梯山が写っていたような気がする。

 次回対戦予定のWGJ「会津戊辰戦争」を試してみた。しかし、このゲームはいわゆるカード・ドリブン・システム(以下CDS)であったり、東軍の初期配置はユニットを裏返して配置するなど、ソロプレイに不向きな部分が大きい。従って、あくまでゲームの感じを掴みつつルールを確認する程度のプレイ内容であった。

WGJ「会津戊辰戦争」
1回目
序盤:西軍は東山道に戦力を多めに配置し、手始めに白河を攻撃。東軍は『抜刀攻撃』を使用し二本松から増援を送りこれに対応。『抜刀攻撃』や伝習歩兵隊の活躍により、西軍に大損害を与えこれを撃退する事に成功した。白河攻略に失敗した西軍は、『西郷隆盛の知略』を使用し浅川より迂回する行動に出る。
中盤:北陸道の西軍はジリジリと前進。大鳥圭介が守る日光口へ西軍精鋭部隊が侵入。西軍の火力優勢は予想を超えた破壊力を発揮し、東軍は堪らず敗走。米沢藩の援軍が会津若松へ迫る西軍を迎撃するため松平容保自ら部隊を率いて出陣。これに呼応するように、米沢藩の援軍も会津若松へ到着。
終盤:会津若松城下において東軍と西軍が激突。西軍総攻撃の前に会津若松の東軍は壊滅。生き残った松平容保と大鳥圭介の指揮官ユニットのみが城内へなんとか逃げ込む。鶴ヶ城を包囲した西軍の降伏勧告により、東軍は動揺するものの、士気を崩壊させるには至らず終了。西軍は、新発田に部隊を置き忘れたため『1VP』のみ。これに対し東軍士気は『2』なので、例え新発田に西軍部隊があったとしても、結果は変わらず。

b0162202_19114070.jpg

↑↑↑1回目終了時の状況。西軍のチグハグな攻撃にも助けられ、東軍の勝利となった。

2回目
序盤:1回目の教訓を活かし、北陸道の部隊をもっと活用するつもりで2回目を行う。『西郷隆盛の知略』のもう一つの効果を使用し新発田の同盟諸藩兵を西軍に寝返らせる。ここを通過し村松の東軍部隊を撃破。前回攻略に失敗した白河も『機略』(西軍に不利な地形効果無視)を使い攻略。これに加え日光口の東軍部隊も後退させる事に成功。
中盤:東軍は、米沢藩の援軍を得て白河奪回を試みるものの失敗。その間に会津若松城下に西軍部隊が侵入。会津若松の東軍部隊は西軍の火力優勢の前に敗北し、城内へ退却。日光口から進撃していた部隊も、大内峠を避け田島より迂回し喰丸峠へ。
終盤:東軍は『夜襲』や『抜刀攻撃』『娘士隊』果ては『唐人凧』まで使用するが、結局会津若松を奪回できず士気はどんどん低下。終了時の西軍『3VP』に対し、東軍士気は『0』となり、西軍の勝利となった。

b0162202_19115381.jpg

↑↑↑2回目終了時の状況。中盤に会津若松を占領されて以降、東軍にはあまり有効な手立てが無かった感じだ。
 
 1回目は東軍に、2回目は西軍にタイミングよくカードが行き渡った感じだ。特に2回目において、会津若松を西軍に占領されて以降、東軍はほとんど何も出来なかった事を考えれば、西軍は白河、二本松の攻略を後回しにしても、出来るだけ早く会津若松を攻略したほうが勝てるような気がするのだが、どうだろうか?
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by slgplayer | 2013-01-09 19:25 | SLG | Comments(0)

2013年のSLG初め

 先週末に無事帰宅。今年は昨年に比べ雪が少なかったが、寒さは昨年以上だった。年末年始の忙しい時期を縫って2度のスキー及び一家でのボーリング大会により筋肉痛のお正月となった。
 
 今年の大河ドラマ「八重の桜」第1回を視聴。福島県出身者として、このドラマに触れない訳にはいくまい。と言っても実家は郡山なので、会津地方からはちょっと距離があるし、母方は生粋の福島県人だが、父方が福島県に移住したのは太平洋戦争後の事なので、あまり生意気な突っ込みはしないでおく。
 肝心のドラマの方だが、第1回は無難にまとめた感じだ。子役は上手くやっていたし、冒頭がゲティスバーグの戦いというのもインパクトがあった(南軍の戦列がショボイと思ってしまったが…)。そういえば、こういった幕末・明治歴史モノドラマにおいて、黒船を見に行くシーンというのはもうお決まりのパターンなのだろうか?(しかもだいたい走って見に行っており、同行している友人は足が遅く途中でバテる。)放映スケジュールを見てみると、鶴ヶ城落城が夏頃になりそうだ。個人的にはそっちの方がいいのだが、後半は駆け足気味になってしまうのは残念だ。不満があるとすれば「方言」。自分の地元だから余計にそう感じるのかもしれないが、イントネーションが違っている方言は聞いていて違和感満載だ。言葉はあっているのかもしれないが、イントネーションが違うのでどうしてもニセモノ感が出てしまう。「さすけねぇ」と言う言葉に字幕が出るシーンがあったが、イントネーションを会津訛りにして「大丈夫」と言ったほうが良かったような気がする。特に関東より西に行くに従って、イントネーションはどんどん違ってくるため、言葉だけ合わせてもなんかイマイチ感が漂ってしまう。過去の大河ドラマ「獅子の時代」で菅原文太が会津藩士の役を演じた事があるが、彼は東北出身者だけあって、宮城訛りの会津弁はかなり迫力があったと記憶している。キャストに福島県出身者が名を連ねているので、今後に期待。

 大河ドラマの影響と言う事ではないのだが、今年のゲーム初めは、次回対戦予定のWGJ16号「会津戊辰戦争」である。取り合えずユニットを切って初期配置をしてみた。

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↑↑↑初期配置の状態。西軍は単に半分に分けて配置。東軍は本誌のリプレイ記事を参考にした。これがいい配置なのかどうかはまだ不明。

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↑↑↑余談だが、年末年始にはこの辺りでスキーを堪能した。

 そういえば、このマップでは、郡山から会津へ行くには三森峠を通るか、本宮から母成峠を通る事になる。しかし、現在の母成峠は観光道路、三森峠は曲がりくねった難所(事故多発地帯)で、その間にある中山峠(国道49号線)が一番通りやすい。郡山の人間なら、今のように整備される前の中山峠の頃から、三森・母成はほとんど使わなかったと思うのだが、この当時は違ったのだろうか?
今度聞いてみよう。
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by slgplayer | 2013-01-07 19:35 | SLG | Comments(0)